第六十二章:深淵の口と、終わらない日常
ギルムの街を襲った未曾有の危機から数日。
戦いの傷跡はまだ街のあちこちに生々しく残っていたが、冒険者ギルドの酒場には、生き残った喜びとささやかな平穏が戻りつつあった。
「ほらよレイ、アレン! 今日は俺の奢りだ、遠慮せずに食え!」
大盾のボルグが、山盛りの肉料理とエールの木樽をテーブルにドンと叩きつける。
「おっ、太っ腹だな! 遠慮なくいただくぜ!」
アレンが双剣の代わりに串肉を両手に持ち、豪快に笑い声を上げる。
シェリアもまた、手入れを終えた魔導銃を膝に置きながら、出された温かいスープを飲んでほっと息をついていた。
レイは手元の木樽を見つめ、少しだけ口元を緩めた。
死線を越えた後に仲間たちと分かち合う、この騒がしくも温かい時間。重い鉄塊を背負って一人で生き抜こうとしていた頃には想像もできなかった、かけがえのない日常だった。
しかし、そんな和やかな空気を切り裂くように、ギルドの重い扉が軋みながら勢いよく開かれた。
入ってきたのは、顔面を蒼白に引きつらせた一人の偵察部隊の冒険者だった。
彼は転がるように受付へと駆け込み、息も絶え絶えに叫んだ。
「報告……! 報告します……ッ! 廃鉱山のさらに奥、死の谷と呼ばれていた場所に……巨大な『大穴』が!」
その叫びに、酒場の喧騒が水を打ったように静まり返る。
ギルドの責任者が血相を変えて奥から飛び出してきた。
「大穴だと? まさか、今回の魔物の大移動の原因は……」
「はい……っ! 底が見えないほどの巨大な『ダンジョン』が、突然口を開けました。そこから、見たこともない異形の……生命の形すらねじ曲がった『人外』どもが這い出してきています!」
偵察兵の瞳には、尋常ではない恐怖が焼き付いていた。
「ただの獣じゃない……。奴らは、生命や魔法の源である魔力そのものを啜る、悪夢のような化け物です……! このままでは、ギルムどころかルミナスへの街道まで飲み込まれます!」
底知れぬ暗黒の深淵が、すぐそこまで迫っている。
その事実が、ギルド内に重く、息の詰まるような緊張感を沈み込ませた。
レイはゆっくりと立ち上がった。
背中に鎮座する大剣の重みが、かつてなく冷たく、しかし確かな存在感を持って彼に問いかけてくる。
「アレンさん、ボルグさん、シェリアさん」
レイの真っ直ぐな瞳に、仲間たちも無言で立ち上がり、それぞれの武器に手をかけた。
純白の魔導結晶が、持ち主の決意に呼応するように淡く青い光を放つ。
「行こう。あの深淵の底で何が起きているのか……僕たちで確かめるために」
新たな冒険の舞台は、光の届かない漆黒の迷宮。
若き大剣使いは仲間たちと共に、世界の昏き真実へと続く重く確かな一歩を踏み出した。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
泥臭くも熱い、若き大剣使いと仲間たちの成長の軌跡を少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
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