第六十一章:白き病室と、交わした約束
ギルムの街を包んでいた絶望の空気は、落雷のような轟音と共に完全に吹き飛ばされていた。
防衛線の外に横たわる巨獣「轟雷の牙」の亡骸。
それを見つめる冒険者たちは、やがて誰からともなく歓声を上げ、武器を天に掲げて勝利を叫び始めた。
「やった……! あの化け物を、たった一撃で……!」
「レイだ! あの大剣のレイが街を救ってくれたぞ!」
沸き立つ熱狂と称賛の声。
アレンやボルグ、シェリアもまた、激戦を終えたレイの元へ駆け寄り、その背中を誇らしげに叩いた。
しかし、当のレイの表情に浮かれた色は一切なかった。
大剣の血振るいを済ませ、素早く背中の鞘に収めると、彼は仲間たちを振り返る。
「アレンさん、事後処理をお願いできますか。僕は――」
「分かってる。レオンのところだろ? 行ってこい」
アレンが優しく背中を押すのと同時に、レイはすでに街の中心部にある救護所へと向かって駆け出していた。
白く清潔な布で仕切られた救護所の最奥。
そこには、かつての端正な面影が隠れるほどに何重にも包帯を巻かれ、静かに横たわるレオンの姿があった。
枕元には、刃こぼれだらけになった彼の細剣が立てかけられている。
どれほどの死闘を繰り広げたのか、その無残な傷跡が雄弁に物語っていた。
「レオン、さん……」
レイが息を切らして立ち尽くしていると、ベッドの上のレオンが、微かに瞼を動かした。
「……騒々しい奴だ。ここは救護所だぞ、新入り」
かすれた、しかし確かな芯のある声。
レイは弾かれたようにベッドに駆け寄り、その場に膝をついた。
「よかった……本当に、よかった……!」
「ふん。私を誰だと思っている。あの程度の雑魚の突進で死ぬようなヤワな剣は振っていない」
強がるレオンだったが、その呼吸はまだ浅い。
それでも彼は、僅かに開いた目でレイの姿を下から上へとじっくりと観察し、最後にその背中に鎮座する鈍い銀色の大剣へと視線を向けた。
「外の馬鹿騒ぎ……お前がやったのか」
「はい。……ルミナスで出会った、最高の仲間たちと一緒に」
レイが力強く頷くと、レオンはふっと、どこか憑き物が落ちたような、柔らかい笑みを浮かべた。
「……どうやら、不格好に生き延びただけではないらしいな」
レオンは痛む右手をゆっくりと持ち上げ、レイへと差し出した。
「約束、覚えているか。次に会うときは、どちらが真の『盾と矛』か……」
「手合わせする、ですよね」
レイはその手を、潰れたマメで硬くなった両手でしっかりと握りしめた。
ルミナスの地で磨き上げた、決してブレない確かな体幹の力。レオンは握り返されたその手のひらの感触だけで、レイがどれほどの修羅を潜り抜けてきたのかを即座に悟った。
「今は、僕の勝ちです。だから……早く怪我を治して、また僕に剣を教えてください」
「……生意気な奴め。次に剣を交えるときは、その重いだけの鉄クズごと、お前を切り刻んでやる」
憎まれ口を叩くレオンの目には、確かな誇りと、かつての弟子に対する深い信頼が宿っていた。
窓の外からは、夕暮れの陽光と共に、街を挙げた勝利の歓声が絶え間なく聞こえてくる。
かつて、このギルムで嘲笑を浴びながらも大剣を引きずっていた少年は、確かにこの日、自分を救ってくれた恩人と故郷を護り抜いた。
新星の大剣使いと、彼を支える仲間たちの物語は、ここからさらなる広大な世界へと繋がっていく。
新たな地平を目指す彼らの旅路に、祝福の風が吹いていた。
最後まで『大剣の冒険者』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
身の丈に合わない鉄塊に振り回されていた少年が、幾度も手のマメを潰し、仲間と背中を預け合うことで「質量の真髄」を掴み取り、やがて憧れた英雄の背中へと近づいていく。本作では、そんな泥臭くも熱い成長の軌跡を描きました。
もしよろしければ、今後の執筆の励みとなりますので、本作へのご評価やご感想をお聞かせいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。




