第六章:不穏な夜の刃研ぎ
夜の帳が下り、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
レイは安宿の狭い一室で、ただ一人、大剣と向かい合っていた。
窓から差し込むかすかな月光が、床に横たえられた鉄の塊を不気味に照らしている。
「……くそ、腕が上がらないな」
昼間の戦いの代償は大きかった。
大剣の重さに耐えかねた両腕の筋肉は、今も激しく痙攣し、熱を持ったように脈打っている。
それでも、レイは粗末な布に油を染み込ませ、大剣の刃をゆっくりと拭い始めた。
あの細剣の男が言っていた言葉が、頭の奥で何度もリフレインする。
――明日には生きていないと思え。
ただの脅しではないことは、昼間の大ネズミとの戦いでも十分に理解していた。
もし、次に現れる魔物が、あれ以上の俊敏さや狂暴性を持っていたら。
今の自分では、一撃を繰り出す前に、その牙に喉笛を噛み千切られるだろう。
「だけど……だからって、諦められるかよ」
レイは歯を食いしばり、力が入らない指先で、丁寧に、丁寧に鉄の表面を磨いていく。
なぜ自分は、これほどまでに無謀な武器を選んだのか。
なぜ、この鉄の塊でなければならないのか。
磨き続けられた鈍い銀色の刃に、自分の情けないほどに青白い顔が映り込む。
その瞳だけが、暗闇の中で妙に鋭くギラついていた。
「圧倒的な力があれば、大抵の窮地は叩き潰せる……」
かつて風の噂で聞いた、ある高名な冒険者の言葉。
その言葉だけが、今のレイの、暗闇を照らす唯一の標だった。
夜が更けるにつれ、風の音が不穏に窓を叩き始める。
街の品格を重んじるというあの細剣の男たちも、明日は獲物を狩りに荒野へ出るのだろう。
「……やるしかないんだ」
レイは大剣を愛おしそうに抱きかかえるようにして、そのまま冷たい床の上で、深い眠りへと落ちていった。




