第三十二章:黒岩の巣窟
ルミナスの街から東へ数里。
そこに広がる「黒岩の巣窟」は、その名の通り、不気味なほどに真っ黒な巨岩が乱立する荒涼とした渓谷だった。
太陽の光を浴びてもなお、岩肌は光を吸い込むように昏い。
遮蔽物となる巨岩が入り組んでいるため、死角が多く、いつどこから魔物が飛び出してくるか分からない、ルミナスでも屈指の危険地帯だ。
「ここから先は、霧の渓谷以上に周囲を警戒しろ。
あちこちにある岩の隙間が、すべて奴らの隠れ処だ」
アレンが双剣の柄に手をかけ、声を潜めて告げる。
大柄なボルグも大盾を前に構え、一歩一歩の足取りに慎重さを滲ませていた。
レイは背中の大剣の柄に右手を添え、ゆっくりと周囲の岩肌に視線を走らせる。
黒い岩壁のあちこちに、大人が屈んで入れるほどの不気味な空洞が口を開けていた。
風がその隙間を通り抜けるたび、ヒュウ、ヒュウと、まるで魔物のすすり泣きのような音が響く。
――ガチリ。
不意に、すぐ左側にある巨岩の影から、硬い何かが擦れ合うような音がした。
「レイ、左だっ!」
アレンの警告と同時に、黒岩の裂け目から、凄まじい速度で何かが飛び出してきた。
それは、これまでに見たどの魔物よりも禍々しい姿をしていた。
全身を硬質な黒い甲殻で覆われた、巨大な蜘蛛のような魔物――「黒厳の暗殺蜘蛛」。
その複眼が、獲物を捉えて怪しく赤く明滅する。
蜘蛛は着地すると同時に、その鋭い前足を鞭のようにしならせ、先頭を歩いていたボルグの大盾めがけて叩きつけた。
――ガンッ!!!
「うおっと……っ! なんて重さだ!」
頑強さを誇るボルグの身体が、衝撃でわずかに後ろへと押し込まれる。
蜘蛛はその隙を逃さず、ボルグの死角へと回り込もうと、複数の足を驚異的な速さで動かした。
側面から、ボルグの無防備な脇腹へ、毒を孕んだ鋭い爪が迫る。
「させないっ!」
レイは大地を強く踏みしめ、ボルグの前に割り込んだ。
引き抜かれた大剣が、暗い渓谷の空気の中で鈍い軌跡を描く。
ただ力任せに振るのではない。
蜘蛛がボルグに迫る突進の軌道、その完璧な「通過点」を見定め、そこに圧倒的な質量をあらかじめ配置するように。
力を入れるのは、刃が当たる――その一瞬だけ。
「おおおっ!」
――ドガァァァンッ!!!
激しい破壊音が黒岩の壁に反響した。
レイの大剣は、突っ込んできた蜘蛛の硬い頭部を真っ向から捉えていた。
いかに強固な黒い甲殻であっても、レイの放った完璧な軸による質量の一撃の前には、耐え切れるものではない。
バリィィン、とガラスが割れるような音を立てて甲殻が砕け散り、蜘蛛の巨体は真横の巨岩へと激しく叩きつけられた。
「ギ、チ、チ……」
蜘蛛は数秒間、細い足を不規則に痙攣させていたが、やがて力尽きたように動きを止めた。
「ふぅ……」
レイは大剣を構えたまま、静かに息を吐き出す。
今回は体勢を一切崩していない。
敵の重さを受け止め、自らの力へと変えて叩き伏せる感覚が、完全に身体に馴染んでいた。
「助かったぜ、レイ! まさかこれほどの硬度を持つ奴を、一撃で黙らせちまうとはな……!」
ボルグが冷や汗を拭いながら、太い腕でレイの肩を叩く。
アレンも双剣を構えたまま、感嘆の吐息を漏らしていた。
しかし、レイの表情は引き締まったままだった。
研ぎ澄まされた彼の五感が、黒い岩肌のあちこちから、さらに無数の「カサカサ」という不快な這いずる音を捉えていたからだ。
「アレンさん、ボルグさん……。
喜ぶのは、まだ早いです。……次が、来ます!」
不気味な黒岩の奥から、無数の赤い複眼がじわじわと浮かび上がってくる。
新星の大剣使いと新たな仲間たちの、本当の死闘が始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
レイの大剣使いとしての旅、そして成長を
これからも応援していただけると嬉しいです。
「続きが気になる!」
「ちょっと面白くなってきたな」
と思ってくださったら、
下にある【ブックマーク追加】や、
評価の【☆☆☆☆☆】をポチッと押し、
応援していただけると、執筆の凄まじい励みになります!
それでは、また次回の更新でお会いしましょう!




