第二十六章:気配の糸を手繰り寄せて
――ザッ、ザザッ……。
濃霧のどこかから、嘲笑うようなかすかな羽音が響く。
姿は見えない。
ただ、自分が圧倒的な質量を持つ大剣を構えているからこそ、敵はそれを「見てからかわせる」のだ。
(レオンさんは言っていた。大剣の強みは破壊力だが、隙が大きいって)
だからこそ、これまでは一ミリの無駄もない構えと、最速の振り下ろしを徹底してきた。
だが、今の敵に必要なのは、速さや力ではない。
「どこに現れるか」を察知する、冷徹な予測だった。
レイはゆっくりと、あえて大剣の刃先を地面近くまで下げた。
一見すれば、完全に隙だらけの無防備な構え。
その瞬間、霧の奥にある悪意が、明確な殺気に変わった。
――シュパッ!!
レイの背後、濃霧を割って半透明の鎌が肉薄する。
今度はかわすための跳躍ではない。仕留めるための、直線的な必殺の突撃。
(そこだ――!)
レイは目をつむった。
視覚に頼れば、霧に惑わされる。
肌を刺す風のわずかな歪み、衣服をかすめる湿った空気の動き。その一点だけに集中する。
鎌がレイのうなじを切り裂く、まさに一瞬前。
地面に沈めていた大剣の柄を、全身のバネを使って一気に跳ね上げた。
上空へ向けて放たれる、逆袈裟の斬撃。
それは敵の突進軌道を完全に予測し、自らそこへ鉄塊を「置きにいく」ような一撃だった。
――ズガァァァンッ!!!
手応えは、泥に沈むように重かった。
大剣の平が、空中へと飛び込んできた霧隠れの鎌虫の顔面を正面から捉えたのだ。
「ギ、チチチッ……!?」
驚異的な回避能力を誇る鎌虫も、自ら突っ込んだ速度と、レイが完璧に置き去った大剣の質量の激突には抗えない。
半透明の身体が、ボロ雑巾のように岩肌へと叩きつけられた。
緑色の体液を撒き散らし、鎌虫の細い足が痙攣する。
レイは一歩踏み込み、無駄のない動きで大剣を振り下ろし、確実に息の根を止めた。
「はぁ……はぁ……」
静寂が戻った渓谷で、レイはゆっくりと目を開けた。
ただ力任せに振るのではない。敵を誘い込み、軌道を読み、重さを合わせる。
「……少しだけ、分かった気がする」
大剣の柄を握る両手には、ギルムにいた頃とは違う、より繊細で鋭い力の感覚が、確かに刻まれ始めていた。




