第二十二章:新星の休息と、交わす杯
激動の依頼から数日。
レイの身体は、驚くほどの回復力で動けるようになっていた。
もちろん、まだ全身の筋肉には鈍い痛みが残っている。
しかし、毎朝の地獄のような素振りに比べれば、この程度の痛みは心地よい生の実感に過ぎなかった。
コンコン、と宿の部屋の扉が叩かれる。
「レイ、入るぞ」
応じる前に開いた扉から入ってきたのは、レオンだった。
割れた軽鎧は新調され、いつもの端正な姿に戻っている。
その手には、上質なエールが入った二つの木樽が握られていた。
「レオンさん。体、もう大丈夫なんですか?」
「ふん、私を誰だと思っている。この程度の傷、かすり傷だ」
そう言いながらも、椅子に腰掛けるレオンの動きは少しだけ硬い。
彼は机の上にドン、と木樽を置くと、一つをレイの前に押し出した。
「ギルドから追加の報奨金が出た。変異種の素材が、想像以上の値で売れたらしい。
……これは、その一部だ」
レオンが置いたのは、数枚の金貨。
レイが今まで見たこともないような、まばゆい輝きを放つ富の証だった。
「こんなに……。でも、これはレオンさんが戦ってくれたからで……」
「受け取れ。あの怪物の息の根を止めたのはお前だ」
レオンは短く遮ると、自身の木樽を持ち上げた。
「それに、お前のその『大剣』は、これからもっと手入れに金がかかる。
並の鍛冶屋では刃研ぎすらできんからな。……戦友に、乾杯だ」
レイは少し驚き、それから嬉しそうに目元を緩めた。
自身の木樽を持ち上げ、レオンのそれと軽く打ち合わせる。
――カチン、と小気味よい音が狭い部屋に響いた。
喉を潤すエールの苦味は、どこか大人の味がした。
「レイ。お前はこれから、どうする?」
静かに樽を置いたレオンが、真剣な眼差しで問いかけてくる。
「この街で、さらに依頼をこなすか?
今の実力なら、大抵の依頼で食いっぱぐれることはないが」
レイは窓の外、夕日に染まるギルムの街並みを見つめた。
賑やかな市場、行き交う冒険者たち。
この街は居心地が良い。レオンという最高の師にも出会えた。
しかし、レイの視線は、街のさらに先――地平線の向こうへと向けられていた。
「……もっと、強くなりたいです」
レイは背中に立てかけられた大剣を愛おしそうに見つめた。
「この鉄の塊を、本当の意味で手足のように扱えるようになって……。
いつか、あの伝説の人が見た最前線の景色を、僕も見てみたいんです」
レオンはしばらく黙ってレイの横顔を見ていたが、やがて呆れたように、しかし優しく微笑んだ。
「……やはり、大剣を背負う奴はどいつもこいつも馬鹿ばかりだな。
だが、その馬鹿げた夢、悪くない」
二人の若い冒険者の夜は、静かに、しかし熱く更けていく。
彼らの視線はすでに、ここではないどこか遠くの、未知なる戦場へと向いていた。




