第十七章:絶対の防壁、崩るる時
――グルゥゥゥアアアアッ!!
狭い坑道内に響き渡る変異種の咆哮は、鼓膜を直接引き裂くような大音量だった。
天井から大きな岩片がいくつも崩れ落ち、地面を激しく叩く。
「レイ、下がれ!
こいつは先ほどの奴らとは格が違う!」
レオンが叫ぶと同時に、その身体が疾風のごとく前に飛び出した。
その動きはこれまでで最も速く、鋭い。
レオンの細剣が、変異種の顔面、そのわずかな殻の隙間を目がけて容赦なく突き出される。
――キィィィン!!
しかし、放たれた必殺の一撃は、変異種が咄嗟に掲げた巨大なハサミによって弾き返された。
火花が激しく飛び散る。
レオンの細剣の点による突きすら、その圧倒的な硬度と肉厚の前には、まともな傷を負わせることができない。
「くっ、なんという硬さだ……!」
レオンが即座に身を翻し、間合いを取ろうとしたその一瞬。
変異種のもう片方のハサミが、信じられないほどの速度で横一文字に薙ぎ払われた。
「しまっ――」
――ドカッ!!
「がはっ……!?」
レオンの美しい軽鎧が激しくきしみ、その身体が木の葉のように真横へと吹き飛んだ。
彼は坑道の岩壁に背中から激突し、そのまま地面に崩れ落ちる。
手から離れた細剣が、カランカランと虚しい音を立てて暗がりに転がっていった。
「レオンさんっ!!」
レイの叫び声が響く。
壁に背を預けたレオンは、激しく血を吐き出し、立ち上がることすらできない。
その軽鎧は無残にひび割れ、呼吸をするのも苦しそうだ。
変異種は邪魔者を排除したと確信したのか、その濁った複眼を、ゆっくりと次の獲物――レイへと向けた。
ずしり、ずしりと音を立てて、赤黒い巨躯が近づいてくる。
レイの足が、恐怖で一歩、後ろへと下がった。
レオンさんすら一撃で行動不能にする怪物。
そんなものに、自分が勝てるわけがない。
逃げるなら、今、この狭い坑道を走り抜けるしかない。
しかし、その視線の先には、血を流しながらも必死に自分を見つめるレオンの姿があった。
その目は、「生き延びろ」と言っているようでもあり、同時に何かを信じているようでもあった。
『お前のその鉄塊なら、話は別だ』
脳裏に、先ほどのレオンの言葉が蘇る。
ここで逃げたら、自分はただの「重荷を背負っただけの意気地なし」に戻ってしまう。
何のために、毎朝の手のマメを潰してきたのか。
何のために、この重い鉄の塊を選んだのか。
「……逃げる、わけないだろ」
レイは震える両足で、しっかりと地面を踏みしめた。
じわりと、手のひらの硬いマメが大剣の柄を掴む。
引き抜かれた大剣が、暗闇の中で静かに、しかし確かな存在感を放ちながら、変異種の正面へと構えられた。




