第一〇八話:血の雨を降らす慈悲と、肉の奈落
「殺、シテ……」「イタ、イ……ッ」
自我を失い、肉体を異形に歪められた失敗作たちが、血の涙を流しながら四人へと群がってくる。
彼らの手には鋭い骨の刃や、酸を分泌する肉の触手が形成されているが、その足取りは絶望的な苦痛に満ちていた。死ぬことすら許されず、胸に埋め込まれた『人工コア』に強制的に肉体を動かされているのだ。
「……ああ。今、楽にしてやる」
レイの声には、もはや激情すらなかった。あるのは、彼らを弄んだ狂気の遺跡に対する底知れぬ殺意と、せめて一瞬で苦痛から解放してやるという冷酷な慈悲だけだ。
レイは群がる異形たちの中心へ真っ直ぐに飛び込み、『封魔の黒鋼』を竜巻のように振るった。
――メチャクチャァァァァッ!!
斬撃音が響く暇すらない。理不尽な質量の連撃が、異形たちの肉体を頭蓋骨ごと粉砕し、胸に埋め込まれた赤黒いコアを魔力ごと完全にすり潰していく。
赤い肉片と臓物、そしてドス黒い血の雨が、培養槽が並ぶ巨大な空間に降り注ぐ。レイは返り血を避けることすらせず、ただひたすらに、襲い来る『被害者たち』を完全な肉塊へと変えていった。
「チッ、数が多すぎる! シェリア、右から来るぞ!」
「分かってるわ! 凍れッ!」
アレンの双剣が異形の関節を正確に切断し、シェリアの氷結弾がその動きを止める。
だが、斬り飛ばされた腕や凍りついた足が、別の肉塊と強引に融合し、新たな異形となって立ち上がろうとする。人工コアの異常な再生力だ。
「レイの剣でコアを完全に潰さないとキリがないわ! でも、これじゃあレイの体力が……!」
シェリアが叫んだその時、肉の壁に埋め込まれた魔導スピーカーから、再び無機質な魔法音声が響き渡った。
『――エラー。イレギュラーな物理破壊を検知。防衛機構の損耗率が許容値を突破。
該当区画の全生体部品を「破棄」し、消化液による完全浄化を実行します』
直後、ズズズズズ……と空間全体が不気味な震動を始めた。
天井を覆っていた肉の壁が大きく脈打ち、無数の巨大な管が下へ向けて口を開く。そこから滝のように噴き出してきたのは、強烈な酸の臭いを放つ緑色の『消化液』だった。
「なっ……部屋ごと俺たちを溶かす気かよ!」
アレンが顔を引きつらせる。
消化液を浴びた培養槽のガラスが瞬時に溶け落ち、床に転がっていた失敗作たちの肉片が、シューシューと凄まじい音を立てて白煙を上げ、ドロドロの汚泥へと変わっていく。
鋼鉄すら数秒で溶かす、遺跡の胃液。それが、津波のように四人へと迫ってきた。
「シロ!」
「はいッ!」
レイが叫ぶと同時、シロは迷わずレイの背中に飛び乗り、その首にしっかりと腕を回した。
レイは自らの大きな外套でシロの身体を完全に覆い隠し、迫り来る酸の津波を睨みつける。
「アレン、シェリア! 僕の近くへ来い!」
二人がレイの背後に飛び込んだ瞬間、レイは黒鋼を大上段に構えた。
だが、彼が狙いを定めたのは、迫り来る消化液の津波でも、天井の管でもなかった。
「こんな胃袋の中、真っ平御免だ……ッ!」
レイは全身の筋肉を極限まで圧縮し、足元の『肉の床』へ向けて、ありったけの重心を乗せた黒鋼を叩きつけた。
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
魔力を打ち消す絶対的な質量が、床を構成していた旧魔帝国の術式と分厚い肉の層、さらにその下にあった遺跡の石組みの基礎ごと、完全なすり鉢状に粉砕した。
「落ちるぞッ!」
レイの叫びと共に、四人の足元の床が巨大なクレーターとなって崩落する。
頭上を消化液の津波が通過していくのをギリギリで躱し、彼らは瓦礫と肉片が降り注ぐ暗黒の縦穴へと真っ逆さまに落下していった。
「う、おおおおおおっ!?」
「きゃあああああっ!」
アレンとシェリアの悲鳴が闇に吸い込まれる。
レイは空中で体勢を立て直し、シロを胸にしっかりと抱き抱えたまま、落下地点を見極めるために目を凝らした。
十数秒の落下の末、ズンッ! と重い衝撃と共に、レイは両足で着地を果たした。
レイの強靭な脚力と、黒鋼をクッション代わりに地面に突き立てたことで、アレンとシェリアも無事に受け身を取ることに成功する。
「いっ、てぇ……。無茶苦茶しやがるぜ、前衛……」
アレンが埃を払いながら立ち上がる。
「ここは……」
シェリアがライトを点灯させ、周囲を照らし出した。
落下してきた先は、先ほどの生体工場よりもさらに深く、冷たく、そして圧倒的に広大な空間だった。
床は人工的な黒曜石で舗装され、壁には旧魔帝国特有の幾何学的な魔法陣が、青白く、血脈のように張り巡らされている。
そして、空間の中央。
そこには、巨大な『培養槽』などというチャチなものではない、天を突くほど巨大な『心臓』が、無数の極太のケーブルに繋がれて空中に浮遊していた。
赤黒く脈打ち、遺跡全体に魔力を供給している巨大な動力源。
その表面には、何千、何万という数の『人間の顔』が苦痛に歪んだまま張り付き、一つに溶け合って巨大な心臓を構成している。
「……見つけた」
レイはシロをそっと降ろし、返り血に濡れた黒鋼を構え直した。
「あれが、この狂った遺跡の心臓部(中枢)。……全部、ぶち壊す」
巨大な肉の奈落の底で、人工迷宮の真の絶望が四人を静かに見下ろしていた。
最後まで『大剣の冒険者 第三部 〜凍てつく血肉の霊峰と、旧魔の冒涜〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
襲い来る酸の罠を床ごと粉砕して深層へ落下するレイの豪快さと、ついに姿を現した遺跡の中枢の悍ましい光景を描かせていただきました。
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次なる展開、巨大な心臓との死闘がいよいよ幕を開けます。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




