第一〇九話:怨嗟の巨大心臓と、肉の管理者
ドクン……、ドクン……ッ。
広大な黒曜石の空間に、天を突くほど巨大な『心臓』の脈動が鳴り響く。
鼓動が打たれるたびに、心臓の表面を覆い尽くす何万もの人間の顔が、ゴムのように引き伸ばされ、裂け、また癒着を繰り返す。眼球の無いソケットから血の涙を流し、声帯を持たない口が音のない絶叫を上げている。
それは、千年の間、死を許されずに魔力を搾り取られ続けてきた魂たちの、凝縮された地獄だった。
「……吐き気がするわ。この心臓そのものが、超高濃度の魔力ジェネレーターになっている。ザルバの地下闘技場にあった『人工コア』なんて目じゃない。これが……すべての人造迷宮の『大元』……!」
シェリアが魔導銃を構えながら、青ざめた顔で吐き捨てた。
「よくぞ辿り着いた、新時代の素材ども。歓迎しよう」
突如、巨大な心臓の頂上付近の肉がボコボコと膨れ上がり、そこから『一人の男』が上半身を現した。
顔の右半分は美しいエルフのような整った造形をしているが、左半分は皮膚がなく、赤黒い筋肉と眼球、そして旧魔帝国の魔導管が剥き出しになっている。男の下半身は巨大な心臓の肉塊と完全に癒着していた。
「私はこの『第一生体魔力炉』の管理官。千年の時を経て、ようやくまともな魔力値を持つ素体が自ら飛び込んできてくれたこと、旧魔帝国を代表して礼を言うよ」
管理官が薄く笑うと、巨大な心臓から無数の太い血管の触手が伸び、四人を包囲するように蠢き始めた。
「千年だと? テメェ、自分がもうとっくに滅んだ国の亡霊だって分かってねえのか?」
アレンが双剣を鋭く構える。
「亡霊? 滅んだ? 違うな。我ら旧魔帝国は、この永遠の命の炉心と共に今も生き続けている。……もっとも、燃料となる下等生物の命が尽きかけていたところだがね。お前たちのような新鮮な血肉と魂を注ぎ込めば、この炉心は再び黄金の魔力を生み出すだろう!」
男が歪な左腕を振り上げると同時、周囲を囲んでいた数十本の極太の血管が、先端を鋭い槍の形に変え、一斉にレイたちへと殺到した。
「シロ、離れるな」
レイの静かな声。
彼が『封魔の黒鋼』を一閃すると、迫り来た強靭な血肉の槍は、豆腐のように容易く粉砕され、赤い汚汁となって黒曜石の床にぶちまけられた。
「ほう……? 物理的に魔力干渉を断ち切る特異な武器か。素晴らしい、その大剣を持ったまま炉心の養分に――」
「黙れ」
レイは男の言葉を最後まで聞かず、足元の黒曜石を砕くほどの踏み込みで、空中に浮かぶ心臓へ向けて真っ直ぐに跳躍した。
「なっ、愚かな! この炉心の周囲には、絶対防御の魔力断層が――」
――パキィィィィィィィィンッ!!!
男が誇る目に見えない絶対防御の障壁は、レイが振り下ろした黒鋼の切っ先が触れた瞬間、ガラス細工のように呆気なく砕け散った。
大剣の理不尽な質量は止まらず、そのまま管理官の歪な左半身を、癒着していた心臓の肉ごと斜めに大きく削り取った。
「ギャ、ァァァァァァァァッ!?」
管理官の悲鳴が空間に木霊する。
削り取られた断面から、ドス黒い血と、歯車のような魔導部品がボロボロと零れ落ちる。
「ば、馬鹿な……千年の叡智が、ただの鉄塊の暴力に……ッ!」
「お前たちの千年は、他人の痛みに胡座をかいてただけのゴミ箱だ。……叡智なんて立派なもんじゃない」
レイは心臓の表面に突き立てた大剣の柄の上に立ち、足元で蠢く死者の顔たちを冷たく見下ろした。
そして、怨嗟に満ちたその巨大な心臓へ向けて、さらなる破壊の刃を振りかぶる。
「や、やめろォォォッ!! それを壊せば、私が、旧魔帝国が完全に終わるッ!!」
狂乱した管理官が、残った右腕で必死に印を結ぶ。
「ならば、お前が庇っているその銀髪の小娘を先に挽肉にしてくれるわッ!」
男の残存魔力が一点に集中し、レイの背後――地上で待機しているシロの頭上へと、超高密度の空間圧縮魔法が展開されようとした。
回避不可能な、空間そのものをすり潰す不可視の断頭台。
「シロッ!!」
シェリアが叫ぶ。
だが、シロは逃げなかった。
彼女はまっすぐに上空のレイを見上げ、その銀色の瞳には一切の恐怖も揺らぎもなかった。彼女は知っているのだ。自分を害そうとする悪意を、あの背中が絶対に許さないことを。
「――僕の目の前で、何をする気だ」
空間圧縮魔法が発動するそのコンマ一秒前。
レイは振りかぶっていた黒鋼を、心臓ではなく、足元の管理官の『頭頂部』へ向けて、一切の躊躇なく真っ直ぐに突き下ろした。
――グチャァァァァァァァァァァッ!!!
頭蓋骨が砕け、脳髄が弾け飛ぶ凄惨な音。
分厚い黒鋼の刀身が、管理官の頭から股下、さらには癒着していた巨大な心臓の深くまで完全に突き刺さった。術者が完全に圧壊されたことで、シロの頭上に展開されかけていた魔法も、霧散して消え去る。
「ギ、ゴ、ボ……ッ」
刃の幅に引き裂かれた管理官の顔面が、信じられないものを見るように痙攣し、そのまま赤黒い肉の海へと溶けて沈んでいった。
「シロに触れようとしたこと、あの世で後悔しろ」
レイが深く突き刺さった黒鋼を強引に引き抜くと、傷ついた巨大な心臓から、鼓膜を破るような凄まじい断末魔の叫びが響き渡った。
最後まで『大剣の冒険者 第三部 〜凍てつく血肉の霊峰と、旧魔の冒涜〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
巨大な心臓の管理者との対峙、そしてシロを狙う悪意を文字通り一瞬で圧殺するレイの容赦ない戦いを描かせていただきました。限界までダークな世界観の中でのレイの無双感を強調しています。
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いよいよ元凶たる『巨大心臓』そのものの破壊へと向かいます。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




