第一〇六話:凍てつく骸の門と、深淵への歩み
狂術師の死骸と血の海に沈んだ村を背に、四人はさらに霊峰の奥深くへと足を踏み入れていた。
荒れ狂う猛吹雪が視界を白く染め上げ、シェリアの展開する保温結界すらも容易く削り取っていく。まつ毛が凍りつくほどの極寒の中、レイは外套の裾をしっかりと握りしめるシロがはぐれないよう、その小さな手を自分の大きな手で包み込んで歩みを進めていた。
「……見えてきたぜ。あれが目的の場所か」
先頭で風除けになっていたアレンが、足を止めて双剣の柄を握り直す。
猛吹雪が僅かに途切れた先にそびえ立っていたのは、自然の雪山にはあり得ない、圧倒的に異質で悍ましい建造物だった。
山肌を抉るようにして口を開ける、巨大な漆黒の門。
石や鉄ではなく、まるで巨大な生物の甲殻か、あるいは硬質化したどす黒い肉塊を繋ぎ合わせたような有機的な造形をしている。門全体から立ち上る濃密な魔力の瘴気が、周囲の雪を赤黒く変色させていた。
だが、何よりも四人を戦慄させたのは、その巨大な門を彩る『装飾』だった。
「ひっ……!」
シロが息を呑み、レイの背中に身を隠す。
門の周囲の壁面に、無数の人間が半ば埋没するようにして凍りついていたのだ。
王国の紋章を刻んだ鎧を着た騎士、毛皮を纏った盗賊、ローブ姿の魔術師。時代も所属もバラバラな彼らは、皆一様に眼球を見開き、口を大きく開けた絶望の表情のまま、巨大な黒門の一部として『建材』にされていた。
中には、腹を割かれて引きずり出された自身の腸が門の蔦のように絡みつき、それでもなお微かに脈打っている者すらいる。
「狂ってやがる……。過去にこの遺跡を探ろうとした奴らを、生きたまま門の装飾に仕立て上げたってのか」
アレンが吐き捨てるように言った。
「防衛機構の一種よ。……見て、門の中央に旧魔帝国語の碑文があるわ」
シェリアが魔導銃のスコープ越しに、門の中心に刻まれた魔法陣と文字を解読する。
「『真理の淵を覗く者よ。新鮮なる同胞の血肉を贄として捧げよ。さすれば、深淵への道は開かれん』……最悪ね。生け贄の血を鍵穴に注ぎ込まないと、この扉は開かない仕組みになっているわ」
その言葉に、門に埋め込まれた死者たちの虚ろな眼球が一斉にギョロリと動き、レイたちを見下ろした。
『チヲ……クレ……』『オマエモ……ニクノ、カベニ、ナレ……』
死者たちの呪詛が、吹雪に乗って直接脳内に響いてくる。
「誰かを犠牲にしろってか? 上等だ、帰って特務騎士団の連中に城攻め用の大砲でも持ってこさせ――」
「下がるんだ、アレン。シロとシェリアも」
アレンの言葉を遮り、レイが静かに前に出た。
彼の背中から『封魔の黒鋼』が引き抜かれる。極寒の吹雪の中でも、その漆黒の大剣は一切の冷気を帯びず、ただ純粋な破壊の質量として底知れぬ威圧感を放っていた。
「レイ、待って! その扉は魔法陣で守られてる! 物理的な衝撃を与えれば、反射術式で君が――」
「誰かの命を鍵穴に突っ込むような悪趣味な扉に、礼儀正しく付き合ってやる義理はない」
レイは猛吹雪を切り裂き、巨大な黒門の眼前へと一足で跳躍した。
門に埋め込まれた死者たちが警告を発するように悲鳴を上げ、中央の魔法陣が迎撃の赤い閃光を放とうとする。
「開けッ!!」
レイの咆哮と共に、黒鋼が真横に一閃された。
――ガガァァァァァァァァァンッッ!!!
霊峰全体を揺るがすほどの轟音。
魔力を霧散させる黒鋼の特性が、赤い迎撃術式を触れた瞬間に粉砕。そのまま数トンはあるであろう大剣の理不尽な質量が、巨大な黒門の中心を物理的に叩き割った。
メキメキと有機的な門が悲鳴を上げ、強固な装甲に巨大な亀裂が走る。
千年の間、血の贄以外を拒絶し続けてきた旧魔帝国の絶対の扉が、一人の少年の圧倒的な腕力によって強引に『こじ開けられた』のだ。
ズズズズズ……ッ。
砕けた門が重々しい音を立てて内側へと崩れ落ちる。
開かれた巨大な暗闇の奥から吹き出してきたのは、何百年も密閉されていた、胃袋の底を思わせる腐臭と、肌を刺すような高濃度の死の魔力だった。
「……行きましょう、レイ様」
シロが血と泥に塗れたままの真新しいブーツで、真っ先にレイの隣へと歩み寄った。
どれほど悍ましい闇が口を開けていようとも、彼女の瞳に恐怖はない。この大剣を背負った少年の隣こそが、彼女にとっての世界で一番安全な場所なのだから。
「ああ。この悪趣味な遺跡の底を、全部ぶち壊してやろう」
暗闇を見据え、レイは黒鋼を肩に担ぎ直す。
アレンとシェリアも武器を構え、四人はついに、人工迷宮の元凶が眠る『旧魔帝国遺跡』の底知れぬ深淵へと、その足を踏み入れた。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
人間の尊厳を冒涜する「骸の門」の不気味さと、そんな狂気のルールを一切無視して物理で粉砕するレイの痛快さ、そしていよいよ遺跡内部へと潜っていく期待感を描かせていただきました。
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扉の向こう、旧魔帝国の真の狂気が牙を剥きます。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




