第一〇三話:冒涜の死体兵と、断ち切る黒鋼
「クソッ、離れろ気色悪ぃッ!」
アレンの怒声が猛吹雪の中に響いた。
首を刎ね飛ばされた子供のキメラの切断面から噴出した黒い触手が、アレンの右腕に深く食い込んでいる。触手はまるで生き物のように蠢き、アレンの皮膚を突き破って血管から直接血を啜ろうとしていた。
「アレン! 凍れッ!」
シェリアが魔導銃の引き金を引き、絶対零度の冷気を触手へと放つ。
パキィッと音を立てて触手が青白く凍りつくが、それもほんの一瞬のことだった。キメラの体内――かつて人間の臓器だった場所で赤黒く蠢く『魔石』が異常な熱を放ち、氷をジュウッと瞬時に蒸発させてしまう。
「駄目よ! この死体たち、血管の代わりに高濃度の魔力溶液が循環してる! 半端な魔法じゃ止められないわ!」
シェリアが焦燥の声を上げた直後、今度は老婆の顔を胸に埋め込まれた四つん這いの肉塊が、自身の肋骨を鋭い牙のように開いてシェリアへと飛びかかった。
「ッ……!」
シェリアが防御結界を張ろうとしたその瞬間、真っ黒な巨大な鉄塊が、彼女の頭上を越えて肉塊へと直撃した。
――メチャァァァァァッ!!
骨が砕け、肉が弾け飛ぶ凄惨な音。
レイの振るった『封魔の黒鋼』に横から叩き潰された老婆のキメラは、雪原を数十メートルもバウンドしながら赤い染みを作り、動かなくなった。
異常な再生能力も、魔石の熱量も機能しない。魔力を霧散させる黒鋼の絶対的な特性が、死体を動かしていた旧魔帝国の術式そのものを『破壊』したのだ。
「アレン、腕を!」
レイは黒鋼を翻し、アレンの腕に絡みついていた触手を柄の底で叩き潰した。魔力の供給を断たれた触手は、ただの腐肉の破片となって雪の上にボトボトと崩れ落ちる。
「……助かったぜ、前衛。だが、キリがねえぞ」
アレンが血の流れる右腕を押さえながら、広場を睨みつける。
村の中央に立つ枯れ木から、まだ数十体もの『元村人』たちが、自らの腸をロープ代わりに伝い降りてきているのだ。
彼らの口からは、「アァ……」「イタイ……」「コロシテ……」と、死の瞬間に固定された意識の残滓が、呪詛のように漏れ出している。
「シロ、シェリアから離れるな」
レイは冷たく言い放ち、雪原に突き刺した黒鋼の柄を両手で握り直した。
彼の視線の先には、血だまりの中央で狂ったように笑い声を上げる黒衣の男がいる。
「ヒャハハハ! 素晴らしい! 魔力を打ち消す質量兵器か! 旧魔帝国の文献にもないイレギュラーな武具だ。お前のその大剣、そしてその強靭な肉体……最高の『素材』になるぞ!」
男が両腕を大きく広げると、ローブの下から無数の黒い糸のような魔力線が放たれた。
それらは、レイが今しがた挽肉に変えた死体の残骸や、これから降りてこようとしていたキメラたち全員に深々と突き刺さった。
「無駄な真似を。何度動かそうと、まとめて叩き潰すだけだ」
レイが一歩踏み出した、その時。
「誰が『個別に』戦わせると言った? 混ざり合え、肉の贄ども。真なる絶望の形を見せてやろう!」
グチャグチャグチャッ……!!
雪原に散らばっていた肉片が、黒い魔力線に引かれて一箇所に集束していく。
腕が、脚が、臓物が、そして苦痛に歪む村人たちの顔面が、まるで粘土を捏ねるように悍ましく融合し、膨れ上がっていく。
「う、嘘でしょ……」
シロが恐怖で座り込み、ガタガタと震える。
ほんの数秒の間に広場に出現したのは、無数の人間の手足と顔面で構成された、全高五メートルを超える『肉の巨人』だった。
巨人の胴体にはめ込まれた無数の眼球が、一斉にギョロリとレイたちを睨みつける。その中心には、核となる巨大な赤黒い魔石が、ドクン、ドクンと心臓のように不気味な脈動を打っていた。
「さあ、晩餐の時間だ。その鉄塊ごと、すり潰して取り込んでしまえ!!」
黒衣の男の叫びと共に、肉の巨人が無数の腕を振り上げ、レイへ向けて雪原を揺るがすほどの重い足取りで突進を開始した。
猛吹雪の中、純白の雪とドス黒い血のコントラストが、絶望の舞台を凄惨に彩っていた。
最後まで『大剣の冒険者 第三部 〜凍てつく血肉の霊峰と、旧魔の冒涜〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
人間の尊厳を徹底的に蹂躙する敵の狂気と、複数の死体が融合して生まれた悍ましい肉の巨人との死闘の始まりを描かせていただきました。
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理不尽なまでの絶望に、レイの振るう『黒鋼』はどう立ち向かうのか。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




