第一〇二話:白銀の墓標と、凍てつく臓物
王国の最北端に位置する『死の霊峰』。
万年雪と猛吹雪に閉ざされたその山の麓に、極寒の地で狩猟を営む者たちが集う小さな村があった。
旧魔帝国遺跡を目指すレイたちが、最後の補給と休息を取るために立ち寄るはずだった場所だ。
だが、猛吹雪を抜けて村に辿り着いた四人の鼻を突いたのは、温かいスープの匂いでも、暖炉の薪が燃える匂いでもなかった。
極寒の空気すらも凍りつかせるような、圧倒的な血と臓物の臭気。
「……ッ、なんだ、これは……」
先頭を歩いていたアレンが、双剣の柄に手をかけたまま絶句した。
村の広場に広がっていたのは、地獄をそのまま具現化したような『虐殺の展示室』だった。
真っ白だったはずの雪は、広範囲にわたってドス黒い赤に染まり、凍りついている。
村人たちはただ殺されたわけではない。ある者は生きたまま皮膚を剥がされ、村の中央にある巨大な枯れ木に、まるで不気味なオーナメントのように無数の鉄の釘で打ち付けられていた。男も、女も、幼い子供でさえも。
「ひっ……ああ……っ」
シロが両手で口を覆い、レイの背中に隠れるようにして震え上がった。
枯れ木に吊るされた死体たちの顔は、極限の苦痛と恐怖の中で絶命したことを示すように、眼球が飛び出し、顎が外れるほど大きく見開かれている。彼らの腹部は無造作に切り裂かれ、引きずり出された腸が、枝から枝へと赤い蔦のように這わされていた。
「酷い……! ただの殺戮じゃない。まるで、人間の命を肉のブロックか何かのように弄んで……ッ!」
シェリアが胃液をこみ上げさせながら、魔導銃を構えて周囲を警戒する。
ただの盗賊や魔物の仕業ではない。これほどまでに異常で、悪意に満ちた凄惨な光景は、明確な『人間の狂気』によるものだ。
レイは無言のまま、背中の『封魔の黒鋼』を引き抜いた。
彼の瞳は、かつてないほど冷たく、底知れぬどす黒い怒りに染まっている。ヴァルダー子爵の闘技場すら、この狂気の前ではただのお遊戯に過ぎないと思い知らされるほどの圧倒的な冒涜。
グチャ……、ズチャ……。
静まり返った広場の奥、血だまりの中心にある村長の家から、肉をこねるような、湿った不気味な音が響いてきた。
「……誰か、いるのね」
シェリアの問いかけに答えるように、村長の家の扉が内側から吹き飛んだ。
中から現れたのは、黒いローブを深く被り、両腕が異様に長い『何か』だった。その足元には、原型を留めないほどに切り刻まれた肉片と、赤黒く光る魔石が転がっている。
「アァ……素晴らしい。北の果てまで、わざわざ新鮮な『素材』が四つも歩いてきてくれるとは」
ローブの男の声は、歪に複数の声帯を繋ぎ合わせたような、人間離れした濁った音だった。
男がローブの袖を振ると、枯れ木に吊るされていた村人たちの死体が、ビクン、ビクンと不自然に痙攣し始めた。
「な……死体が、動いて……ッ!?」
アレンが後ずさる。
「死体? 違うな。彼らは旧魔帝国の偉大なる魔術によって、より高位の存在へと再利用されたのだよ。さあ、新たな肉の贄を喰らい、その絶望を魔力に変えろ!」
男の甲高い笑い声と共に、腹を裂かれた女や、頭を半分潰された男の死体たちが、異常な速度で枯れ木から飛び降り、レイたちへと襲いかかってきた。彼らの手には、自らの砕けた骨を無理やり突き出させた鋭利な刃が形成されている。
「シロ、目を閉じてろ!」
レイが吼え、真っ先に迫ってきた『元村人の女だった肉塊』へ向けて黒鋼を横薙ぎに一閃した。
メチャァッ!!
凄惨な破壊音が鳴り響く。
凍りついた女の上半身が、大剣の理不尽な質量によって原型を留めないほどに粉砕され、赤い肉片と黒い血の雨が猛吹雪の中に撒き散らされた。
だが、上半身を失ってもなお、下半身だけが蜘蛛のように雪の上を這い回り、レイの足首に絡みつこうとする。
「狂ってやがる……ッ! レイ、こいつらただのアンデッドじゃねえ! 魔力で神経を強制的に繋がれた、生きた肉の呪具だ!」
アレンの双剣が襲い来る子供のキメラの首を刎ね飛ばすが、切断面から黒い触手が飛び出し、アレンの腕に絡みつこうとする。
圧倒的なまでの死と絶望の気配。
ザルバで相手にした人間至上主義の貴族とは次元が違う。旧魔帝国の遺産を掘り起こし、命を純粋な『部品』として消費する絶対的な狂気が、ここ北の果てには巣食っていた。
「……ふざけるな」
返り血で顔を赤く染めたレイが、黒鋼を両手で握り直し、地を這う肉塊を大上段から完全に圧砕する。
「こんな悪趣味な遊びのために、命をすり潰して……! お前たちは、僕がここで全員斬り捨てるッ!」
舞い散る猛吹雪と、凍りつくような臓物の臭いの中、凄惨で血みどろの死闘が幕を開けた。
かつてないほどの濃密な死の気配が、第三部の始まりを冷酷に告げていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
限界まで残酷さと狂気を押し出した、凄惨な虐殺の舞台と敵の異常性を描きました。よろしければ、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。この圧倒的な絶望にレイたちがどう立ち向かうのか、引き続きよろしくお願いいたします。




