第百章:裁きの鉄槌と、浄化される街
ザルバの街に、王都特務騎士団の怒号と蹄の音が響き渡っていた。
「武器を捨てろ! 抵抗する者は王族への反逆とみなし、その場で斬り捨てる!」
完全無欠の魔法障壁を砕かれ、絶望に顔を歪めるザルバの私兵たち。彼らは普段、抵抗できない奴隷や立場の弱い他種族をいたぶることにしか慣れていない。百戦錬磨の白銀の騎士たちを前にしては、まともな戦闘にすらならなかった。
次々と武器を放り出し、泥に塗れて命乞いをする衛兵たち。裏社会でふんぞり返っていた賞金稼ぎやゴロツキたちも、容赦のない騎士の槍の前に次々と捕縛されていく。
「はなせッ! 私は男爵だぞ! ヴァルダーの悪行など何も知らん!」
「往生際が悪いぞ。お前の屋敷の地下から、違法な魔力実験の帳簿が出ている。連行しろ!」
豪奢な屋敷に隠れていた悪徳貴族たちも、一人残らず引きずり出されていく。
欲望の都と恐れられたザルバの腐敗した権力構造は、王都の精鋭たちの手によって、わずか半日のうちに完全に解体されていった。
午後。街の中央広場には、仮設の救護テントが張られていた。
騎士団が持参した温かいスープと毛布が、地下闘技場や悪徳貴族の館から救出された数百人の他種族の奴隷たちに配られている。
「……美味しい」
幼い獣人の子供が、温かいスープを飲んで涙をこぼした。その首には、もう忌まわしい鉄の首輪はない。騎士団の魔法使いによって、すべての隷属魔導具が解除されたのだ。
広場の片隅で、レイたち四人はその光景を静かに見守っていた。
泥と血に塗れた服を騎士団から提供された真新しいものに着替え、ようやく一息ついたところだ。
「これで、この街の『お掃除』はひと段落ってところかしらね」
シェリアが温かいお茶の入った木杯を傾けながら、広場を見渡す。
「ガウェイン団長の話だと、王都から新しい領主と文官たちが派遣されるまで、特務騎士団がこの街を直接統治するそうよ。違法な奴隷売買は完全に禁止、地下の闘技場も物理的に埋め立てて封鎖するって」
「当然だ。あんな趣味の悪い箱庭、二度と作らせるかよ」
アレンが腕を組みながら、鼻を鳴らした。
その時、広場の端を歩いていく一団に、シロの肩がビクッと跳ねた。
重い鎖で数珠繋ぎにされ、騎士たちに連行されていく罪人たち。その中に、かつてシロをヴァルダー子爵の闘技場へと売り飛ばした、悪逆な奴隷商人の姿があったのだ。
「ヒィッ、す、少し鎖を緩めてくだせえ! 歩けねえ!」
かつて他人に強いていた痛みを自ら味わい、惨めな声で懇願する奴隷商人。
彼はふと視線を上げ、広場に立つシロの姿に気づいた。
「お、お前……! 銀髪の不良品……ッ! なぜお前がそんな綺麗な服を着て、外を歩いている!? 俺を助けろ、ご主人様に口を利けェッ!」
狂ったように叫ぶ男の声に、シロは青ざめ、一歩後ずさった。
骨の髄まで植え付けられた恐怖が蘇りかける。
だが、レイが静かに前に出て、シロと奴隷商人の間に立ち塞がった。背中の黒鋼を抜くまでもない。ただその鋭く冷たい眼差しだけで、奴隷商人は喉の奥をヒュッと鳴らし、怯えて尻餅をついた。
「シロ」
レイは振り返らず、自分の右手をそっと後ろへ差し出した。
「もう、目を逸らさなくていい。君を縛るものは、この街のどこにもないんだ」
差し出されたレイの大きく温かい手。
シロは震える息を吐き出すと、その手を両手でしっかりと握りしめ、自らの足でレイの隣へと並び立った。
そして、惨めに地面を這うかつての『恐怖の象徴』を、真っ直ぐに見下ろした。
「……私は、不良品ではありません」
シロの凛とした声が響く。
「私は、レイ様に命を救われた、誇りある自由な民です。あなたたちのような可哀想な人たちに、もう怯えたりはしません」
毅然と言い放ったシロの姿に、奴隷商人は完全に言葉を失い、騎士に乱暴に引きずられていった。
「……よく言ったね、シロ」
レイが優しく微笑むと、シロはレイの手を握りしめたまま、ポロポロと安堵の涙をこぼして笑った。
彼女の心に最後に残っていた冷たい鎖の欠片が、今、完全に消え去ったのだ。
かくして、人間の悪意と欲望が渦巻いた街・ザルバは、一人の若き大剣使いと仲間たちの手によって元凶を断たれ、確かな健全化への第一歩を踏み出した。
すべてを奪われていた少女が真の自由を手にした、長く、過酷な夜が、ついに終わったのだ。
最後まで『大剣の冒険者 第二部 〜欲望の都と、檻の中の銀〜』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
騎士団による腐敗の完全制圧と、かつてのトラウマを自らの意志で乗り越えたシロの姿を描き、ザルバの街の「健全化」を見届ける第100話となりました。
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次回は、平和を取り戻した街での束の間の休息と、救われた人々からの感謝を描くエピローグへと続きます。皆様からの応援が物語を描き続けるための最大の原動力となります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




