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第14話 ブランガとピグ

第14話 ブランガとピグ


 雌ゴブリンの身体を支えながら、オークの小屋へ戻った。


 左足を痛めているため、一人ではうまく歩けない。


『もう少しゆっくり歩け』


『これ以上遅くしたら、朝になる』


『足を怪我しているのは私だ。お前が決めるな』


『なら、背負うか?』


『子供扱いするな』


 そう言いながら、雌ゴブリンは俺の肩をしっかりつかんでいた。


 助けた直後は怯えていたが、かなり図太い性格らしい。


 小屋へ入ると、雌は周囲を見回した。


『汚い』


『オークの小屋だからな』


『肉の置き方も悪い。このままでは虫がつく』


『もうついている』


『なら、早く取れ』


 仲間にして数分しか経っていないのに、次々と命令される。


 俺は床に散らばっていた骨を拾い、外へ放り出した。


 その間に、雌は壁際へ座り、自分の足へ巻かれていた蔓を外していた。


 左足首が赤く腫れている。


『見せろ』


『何をする?』


『怪我を確認する』


『触ったら噛む』


『なら、自分で治せ』


『仲間を治すのは、群れの強い者の役目だ』


『俺に治せると思うのか?』


 雌が黙った。


 薬草に詳しいと言っていたのは、本人だ。


『必要なものを言え。探してくる』


 雌は小屋の外を指さした。


『丸い葉の草。葉の裏が紫色のものだ』


『分かった』


『似た草がある。間違えると腹から血が出て死ぬ』


『先に言ってくれて助かった』


 危うく適当に取ってくるところだった。


     ◇


 森を探すと、丸い葉の草はすぐに見つかった。


 だが、葉の裏が紫色のものと、赤色のものが混ざっている。


 俺は紫色だけを選び、小屋へ持ち帰った。


 雌は葉を一枚ずつ確認する。


『間違えていない』


『死なずに済みそうだな』


『赤いものを持ってきたら、お前に食べさせるつもりだった』


『仲間になったばかりの相手を毒殺するな』


『間違えた罰だ』


 冗談を言っているようには見えなかった。


 雌は薬草を口へ入れ、歯で細かくすり潰した。


 緑色になった薬草を、腫れている足首へ塗る。


 その上から細い葉を巻きつけた。


『これで明日には歩ける』


『そんなに効くのか?』


『この程度ならな。骨が折れていたら無理だ』


 雌は俺の肩へ視線を向けた。


『お前も怪我をしていたはずだ』


『もう治った』


『見せろ』


 外套をずらし、左肩を見せる。


 オーガに切られた傷は、ほとんど塞がっていた。


 浅い傷痕が残っているだけだ。


 雌が俺の腕をつかみ、顔を近づける。


『さっきは、もっと深い傷だった』


『《再生》で治した』


『そんな能力を持っているのか?』


『オーガから奪った』


 雌の手が止まった。


『能力を、奪った?』


 俺は《死骸収奪》について説明した。


 死んで間もない人間や魔物から、スキルか能力を一つだけ奪えること。


 収奪すると腹が満たされ、満腹になると使えなくなること。


 能力値については、自分より強い相手からしか奪えないこと。


 雌は黙って話を聞いていた。


『怖くないのか?』


 俺が尋ねると、雌は不思議そうに首を傾げた。


『何が?』


『死骸から能力を奪うことだ』


『死んだ奴は、もう能力を使わない』


『……そうだな』


『使わないなら、もらえばいい』


 人間の女性に説明したときは、恐れられた。


 目の前の雌ゴブリンは、何もおかしいと思っていない。


 死者の力を生者が使う。


 ゴブリンにとっては、当然のことらしい。


『私が死んだら、私の能力も持っていけ』


『縁起でもないことを言うな』


『死んだあとに残しても、意味がない』


『仲間になった日に、死んだあとの話をするな』


 雌は少し笑った。


『変な奴だ』


『お前に言われたくない』


 そういえば、まだ名前を聞いていなかった。


『名前は?』


『ピグ』


 雌は自分の胸へ手を置いた。


『お前は?』


 答えようとした瞬間、頭の奥に記憶が浮かんだ。


 この身体が、以前から呼ばれていた名前。


 ブランガ。


 人間だった頃の名前ではない。


 それでも、いまの俺を示す名前として不思議となじんだ。


『ブランガだ』


『ブランガ』


 ピグが確かめるように繰り返す。


『覚えた』


『俺も覚えた』


『私の名前は短い。忘れるほうがおかしい』


『そういう意味で言ったんじゃない』


 ピグは立ち上がろうとした。


 足に力を入れ、顔をしかめる。


『まだ動くな』


『小屋の周りに罠を作る』


『明日でいい』


『明日まで生きていればな』


 ピグは壁へ手をつき、片足を引きずりながら外へ出ようとする。


 俺はその身体を持ち上げた。


『何をする!』


『歩けないなら運ぶ』


『下ろせ!』


『罠を作るんだろ。場所を指示しろ』


 ピグは俺の腕の中で暴れた。


 以前なら簡単に振りほどかれていただろう。


 だが、オークから腕力を奪ったいまは、ピグ一匹くらいなら軽く抱えられる。


 しばらく抵抗したあと、ピグは諦めたように力を抜いた。


『私は子供じゃない』


『分かっている』


『成人している』


『それも分かった』


『なら、変な場所を触るな』


『触ってない!』


 意識した途端、ゴブリンの身体が妙な反応を示した。


 俺は慌ててピグを地面へ下ろす。


『急にどうした?』


『何でもない』


『変な奴だ』


 人間の女性だけではない。


 どうやら、この身体は雌ゴブリンにも反応するらしい。


「本当に余計なところだけ、ゴブリンなんだな……」


『何を言っている?』


『何でもない』


 俺はピグに指示された場所へ、細い蔓を張った。


 蔓の先には、乾いた骨を何本も結びつける。


 誰かが足を引っかければ、骨がぶつかって音が鳴る仕組みだ。


 別の場所には、落ち葉をかぶせた浅い穴を作った。


 敵を倒すためではない。


 足を取られた一瞬に、矢を撃ち込むための罠だ。


『罠は敵を殺すものではない』


 ピグが言った。


『敵を止めるものだ。止まった敵を、自分で殺す』


『覚えておく』


『お前は強い。でも、正面から戦いすぎる』


『見ていたのか?』


『傷を見れば分かる。強い奴ほど、自分なら勝てると思って近づく』


 耳が痛い。


 オークとの戦いでも、最後は身体へしがみついた。


《再生》がなければ、あの傷で死んでいた可能性もある。


『次からは罠を使え』


『そのために、お前を仲間にした』


 ピグが俺を見る。


『やはり、役に立つから助けたのか?』


 俺は少し考えた。


『最初は、そう考えた』


『いまは?』


『まだ分からない』


『正直だな』


 ピグは怒らなかった。


『役に立たなくなったら、捨てるか?』


『お前は?』


『お前が弱くなったら、もっと強い奴を探す』


『お互いさまだな』


『でも、少しは迷う』


 ピグはそう言って、小屋へ戻っていった。


 ゴブリンにしては、ずいぶん優しい答えだった。


     ◇


 夜が深くなる。


 俺は小屋の入口近くへ座り、手斧を振る練習をしていた。


 短剣とは重さも間合いも違う。


 何度振っても、刃が狙った位置へ入らない。


《斧術》を奪わなかったことを、少しだけ後悔する。


『力だけでは当たらない』


 小屋の中から、ピグが言った。


『見ていたのか?』


『音がうるさくて眠れない』


『悪かった』


 俺は手斧を置いた。


 静かになった森で、乾いた骨の音が鳴った。


 カラッ。


 俺とピグが同時に顔を上げる。


 設置したばかりの罠だ。


 一度だけではない。


 カラカラカラッ。


 複数の場所から、続けて音が鳴った。


『一匹じゃない』


 ピグが立ち上がり、短い木槍を握る。


 俺は弓を持ち、小屋の外へ出た。


《夜目》と《遠視》で、森の暗闇を見通す。


 二つの大きな影が、木々の間を進んでいた。


 豚に似た頭。


 太い腕。


 手には鉄製の武器。


 オークだ。


 一匹は剣。


 もう一匹は槍を持っている。


 俺たちが使っている小屋へ、まっすぐ近づいてくる。


『帰ってきた』


 ピグが小さくつぶやいた。


『ここは、一匹だけの小屋じゃなかった』


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