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第15話 二匹だけの群れ



 二匹のオークが、木々の間を進んでくる。


 一匹は鉄の剣。


 もう一匹は長い槍を持っていた。


 俺が倒したオークよりも装備がいい。


『帰ってきた』


 ピグが小さくつぶやいた。


『ブランガが倒したオークには、仲間がいたんだ』


『二匹とも、この小屋へ向かっている』


『気づかれたら、逃げられない』


 小屋の裏側は大きな岩に塞がれている。


 逃げ道は正面だけだ。


 そこから二匹のオークが近づいている。


『罠は?』


『完成している』


『役に立つのか?』


 ピグが俺を睨んだ。


『役に立たないと思うなら、一人で戦え』


『悪かった。役に立つ』


『最初からそう言え』


 俺は弓を構えた。


 矢筒に残っている矢は少ない。


 確実に当てる必要がある。


『どちらから狙う?』


 ピグが尋ねる。


『槍だ』


『剣のほうが強そうだ』


『槍は離れていても届く。先に倒さないと、お前が狙われる』


『私の心配か?』


『戦えない仲間を守るのは当然だ』


 ピグが少しだけ目を見開く。


『何だ?』


『何でもない』


 ピグは木槍を握り、小屋の入口へ下がった。


 俺は木の陰へ隠れ、弓を引いた。


 二匹のオークが、罠を仕掛けた場所へ近づく。


「ブフッ……」


 鉄剣を持ったオークが鼻を鳴らした。


 地面に残る血の臭いを嗅いでいる。


 先ほど倒したオークの血だ。


「ブゴ?」


 槍を持ったオークが、小屋へ顔を向ける。


 あと三歩。


 二歩。


 一歩。


 槍を持ったオークの足が、落ち葉の下に隠された穴へ入った。


「ブガッ!」


 身体が大きく傾く。


 同時に、足へ細い蔓が巻きついた。


 ピグの罠だ。


 オークを完全に捕らえるほど頑丈ではない。


 だが、一瞬だけ動きを止めた。


 それで十分だ。


 俺は矢を放った。


 狙ったのは右目。


「ブギャアアッ!」


 矢が突き刺さり、オークが槍を落とした。


 俺は弓を背負い、短剣を抜いて走る。


 鉄剣を持ったオークが、仲間の前へ出た。


 俺へ向かって剣を振り下ろす。


 右へ避ける。


 刃が外套の端を切り裂いた。


 速い。


 以前倒したオークより、武器の扱いに慣れている。


「ブオオッ!」


 二度目の斬撃。


 俺は短剣で受けず、後ろへ跳んだ。


 鉄剣が地面へ当たり、土が飛び散る。


 その間に、片目を失ったオークが罠から足を引き抜こうとしていた。


 長くは持たない。


『ピグ!』


『分かっている!』


 ピグが小屋のそばに張っていた蔓を、短剣で切った。


 頭上で枝が大きく揺れる。


 太い木の枝へ結びつけていた石が、鉄剣を持つオークの背中へ落ちた。


「ブガッ!」


 致命傷にはならない。


 それでも、オークの身体が前へ崩れた。


 俺はその横を駆け抜ける。


 狙うのは、罠にかかっているほうだ。


 片目を失ったオークが、落とした槍へ手を伸ばしている。


 拾わせるわけにはいかない。


 俺は《腕力強化》を使い、オークの膝へ短剣を突き刺した。


「ブギャッ!」


 脚が折れ曲がる。


 オークの太い手が、俺の首をつかもうと伸びてきた。


 身体を低くして避ける。


 脇を抜け、今度は反対側の膝裏を切り裂いた。


 オークが両膝をつく。


 俺は背中へ飛び乗り、首へ短剣を当てた。


 刃を引く。


 血が噴き出した。


 オークは喉を押さえながら地面へ倒れる。


 一匹。


 すぐに振り返る。


 鉄剣を持ったオークが、背中の石を振り落としていた。


 怒りに満ちた目が、俺ではなく小屋の入口へ向く。


 罠を動かしたのがピグだと気づいた。


「ブオオオッ!」


 オークがピグへ向かって走る。


『逃げろ!』


 俺は地面に落ちていた槍を拾った。


《槍術》は持っていない。


 それでも、離れた場所から攻撃できる。


 槍を両手で握り、オークの背中へ突き出す。


 穂先が獣皮の防具を貫いた。


「ブガッ!」


 浅い。


 オークが振り返り、鉄剣を横へ振るう。


 槍の柄が途中から切断された。


 俺は残った柄を捨て、後ろへ下がる。


 オークが追ってくる。


 一撃目。


 二撃目。


 三撃目。


 短剣では受けられない。


《敏捷》で避け続けるが、鉄剣の先が少しずつ身体をかすめる。


 外套が裂ける。


 腕から血が流れる。


《再生が発動します》


《満腹度を消費します》


 傷は治り始める。


 だが、戦いながらでは回復が追いつかない。


 オークが鉄剣を振り上げた。


 俺は後ろへ跳ぼうとする。


 踵が木の根へ引っかかった。


「ギッ!」


 地面へ倒れる。


 鉄剣が迫る。


 その瞬間、ピグがオークの顔へ何かを投げつけた。


 緑色の粉だった。


「ブガアアッ!」


 オークが目を押さえ、鉄剣を振り回す。


 刃が俺の横へ落ちた。


『何を投げた?』


『目つぶしに使う薬草だ!』


『先に教えておけ!』


『聞かれなかった!』


 オークは目が見えていない。


 それでも鉄剣を振り回しながら暴れている。


 近づけば危険だ。


 俺は地面へ落ちた弓を拾った。


 残っている矢をつがえる。


《遠視》は必要ない。


 目の前に、大きな標的がいる。


 狙うのは喉。


 弦を限界まで引き、放った。


 矢がオークの喉へ突き刺さる。


 動きが止まった。


 オークは喉の矢をつかみ、引き抜こうとする。


 俺は短剣を持って走った。


 鉄剣を振り上げられる前に、懐へ飛び込む。


 短剣を腹へ突き刺す。


 一度。


 二度。


 三度。


 オークの腕から力が抜ける。


 鉄剣が地面へ落ちた。


「ブ……ガ……」


 巨体が倒れる。


 俺は巻き込まれないよう、すぐに後ろへ跳んだ。


 地面が揺れた。


 二匹目も動かない。


「はあ……はあ……」


 俺は短剣を握ったまま、周囲を確認した。


 ほかの敵はいない。


『終わったのか?』


 ピグが小屋から顔を出した。


『終わった』


『私の罠は役に立った』


『ああ。助かった』


 素直に認めると、ピグは得意そうに胸を張った。


『私を仲間にして正解だったな』


『目つぶしの薬草を先に教えてくれれば、もっとよかった』


『次から教える』


 俺は最初に倒した、槍を持っていたオークの死骸へ近づいた。


《現在の満腹度 三十八》


 戦闘と《再生》で、大きく減っている。


 収奪できる。


 死骸へ触れる。


《新鮮な死骸を確認しました》


《対象が所有していた能力を一つ選択してください》


《槍術》


《踏ん張り》


《痛覚耐性》


《腕力強化》


《能力値》


《収奪可能な能力値を確認します》


《腕力――収奪不可》


《耐久――収奪可能》


《敏捷――収奪不可》


《魔力――収奪不可》


 腕力は、先ほど倒したオークから奪っている。


 この個体の腕力では、もう俺を強くできない。


 だが、耐久は俺を上回っていた。


《槍術》も欲しい。


《痛覚耐性》があれば、傷を負っても動きやすくなる。


 俺はもう一匹の死骸へ触れた。


《対象が所有していた能力を一つ選択してください》


《剣術》


《危険察知》


《腕力強化》


《威圧》


《能力値》


《収奪可能な能力値を確認します》


《腕力――収奪不可》


《耐久――収奪可能》


《敏捷――収奪不可》


《魔力――収奪不可》


 こちらには《危険察知》がある。


 敵の攻撃や罠を事前に察知できるなら、今後の生存率が大きく上がる。


 一つ目の死骸から何かを奪えば、満腹になり、二つ目からは奪えなくなるかもしれない。


 選ぶべきなのは、いま最も必要な力だ。


「《危険察知》を選ぶ」


《能力《危険察知》を収奪します》


 オークの死骸から黒い光が浮かび、俺の頭と胸へ吸い込まれた。


 身体の内側に、薄い膜が広がるような感覚がある。


《満腹度が上昇します》


《満腹度 八十九》


 満腹にはなっていない。


 もう一体からも奪える可能性がある。


 俺は槍を持っていたオークの死骸へ触れた。


《現在の満腹度では、選択可能な能力を収奪できません》


「やはり無理か」


『二匹いるのに、一つだけか?』


 ピグが尋ねる。


『腹に余裕が足りない』


『もったいない』


『俺もそう思う』


『なら、もっと腹を減らせ』


『死骸が古くなるほうが早い』


 ピグは二匹の死骸を見比べた。


『面倒な能力だな』


『強いが、何でもできるわけじゃない』


『でも、一匹から力を奪えた』


『ああ』


 俺は《危険察知》を意識した。


 まだ何も感じない。


 周囲に危険がないからだろう。


 ピグが鉄剣を拾おうとして、重さに負けて落とした。


『重い』


『俺が持つ』


『小屋にはオークの食料もある。武器も増えた』


 ピグが周囲を見回す。


『この場所を使える』


『また仲間が戻ってくるかもしれない』


『戻ってきたら、罠にかけて倒す』


『簡単に言うな』


『二匹を倒した』


 ピグは当然のように言った。


『ここは、もう私たちの巣だ』


 俺は粗末な小屋を見る。


 人間だった頃なら、住みたいとは思わなかった。


 だが、雨風を防げる。


 水と食料がある。


 周囲に罠も作れる。


 森で生きるための拠点としては悪くない。


『分かった。ここを使う』


 ピグが満足そうにうなずいた。


『なら、ブランガが群れの長だ』


『二匹しかいない』


『二匹でも群れだ』


『お前が勝手についてきただけだろ』


『私はお前を選んだ』


 ピグが俺をまっすぐ見た。


『強い者と、役に立つ者。二匹いれば生き残れる』


 俺は地面に落ちた鉄剣を拾った。


 以前なら両手でも扱えなかった重さだ。


 オークから腕力を奪ったいまなら、持ち上げることはできる。


『分かった』


 俺は鉄剣を肩へ担いだ。


『今日から、ここが俺たちの巣だ』


 最弱だった一匹のゴブリンは、もう一人ではなかった。


 ブランガとピグ。


 二匹だけの、小さな群れが生まれた。


第一章はここまでとなります。

ブランガとピグの物語を読んでいただき、ありがとうございました。

第二章の開始まで、しばらくお待ちいただければ幸いです

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