3-3 庇護 守られていると思っていた
青鸞は嫌にもったいぶった調子で僕をみつめた。
「外部端末にダミィコードを仕込んで、監視システムを騙すんだ。そうすると、データ上でのキミは部屋で大人しく寝ていることになって、本物のキミはこっそり部屋を抜け出すことができる」
「ダミィコード?」
聞き慣れない言葉だった。
「そ。わざわざ書くのは久しぶりだけど、まァ、できないことはないサ」
青鸞は事も無げに言う。その口振りからして、以前からシステムの網を潜り抜けているのは明らかだった。
「どうして今まで教えてくれなかったんだよ」
「そう怒るなって。キミは琥珀と同室だろ。彼が校則違反を許すとは思えなかったから、今まで黙ってたんだ」
「僕が何でもかんでも兄さんに告げ口するようなヤツだと思われているんなら心外だな。それなら、どうして今になって教える気になったんだよ」
そう言ってむくれていると、青鸞は更にとんでもないことを言い出した。
「この前の夜、彼がこっそりでかけるところを見かけたんだ。さすがに自分のことを棚に上げて煩うるさく言うことはないだろうと思ってさ」
耳を疑うような話だった。
――あの、規律が服を着て歩いているような兄が、夜間外出だって?
「まさか! 琥珀に限って、そんなことありえないよ。誰かと見間違えたんじゃないのか」
「僕だって初めはそう思ったさ。でも、彼を誰かと見間違えるなんて、それこそありえないだろ。いくら暗くても、見間違えるわけない。……なァ鶉。お前が寝た後、彼は結構自由にやってるんじゃないか?」
青鸞の言うことはもっともだった。琥珀の髪は他にはいない白銅色で、暗い中でも見間違えることはなさそうに思えた。
昔は目立つのが嫌だと言って、少しでも伸びたらすぐに短くしていたのに、学園へ入ってからはどういう心境の変化か、結べるほど長く伸ばしている。それは、彼の所作と相まって、とても人目を引いていた。
青鸞の言葉が、ざらりとした感触で胸に残る。
一度眠れば朝まで起きない僕を欺き、自分は夜の学園を自由に出歩いていたのだろうか。
「……何をしてたんだろう」
「さァな。彼にも色々あるんだろ。知らないフリをしておいてやれよ」
青鸞は意味深に片方の口角を上げると、寝室から大きな端末を持ってきて僕の隣に座った。彼が画面に打ち込む複雑な文字列は、僕にはまったく理解できない。
諦めて、貰った菓子を口に放り込んだ。しゅわっと溶けて爽やかな甘さが広がる。口の中で菓子がほどけるまで、ほんの数秒だった。甘さは舌に触れた瞬間に形を失い、後には何も残らないのがよかった。
そうかからずに、青鸞はコードを完成させた。僕の外部端末で使えるようにセットする。
「明日の夜、これを作動させてから部屋を出るんだ。琥珀には『天体観測へ行く』と言って部屋を出ればいい」
「分かった」と、僕は外部端末を受け取った。
その後はふたりでしばらく他愛もない話をして、僕は青鸞の部屋を後にした。
自分の寮に戻り部屋の扉を開けると、既に琥珀は帰っていた。彼は外部端末を操作をしていたようだったが、僕が戻った音に気づくと、椅子を回してこちらを向く。
「おかえり、鶉。遅かったね」
その声はいつも通り穏やかで、何か隠し事をしているような態度には思えない。
「……ただいま。青鸞の部屋で明日の天体観測のこと話してた」
「あァ、鶉たちも行くんだね。ところで、夕食はちゃんと食べたんだろうね? 最近は欠かさず食べているようだけれど……」
琥珀は僕の人工食品嫌いを心配して、食事の確認を欠かさない。僕のためを思ってのことだとは、頭では理解しているが、少し鬱陶うっとうしく感じることもあった。
僕と同じ環境で育ち、僕と同じようにCEPTORを持たないのに、どうしてそんなに平然と、シティの人たちと同じように振る舞えるのだろう。
青鸞の言葉が脳裏をよぎる。
――この前、夜遅くに琥珀が外にいるところを見かけたんだ。
聞いてみようかと思った。
僕が寝た後にどこかへ行っていたのか、と。
言葉にしようとすると喉が強張った。声を出す代わりに、さりげなく兄の様子を観察する。何もかもが寸分の隙もなく整えられていて、規律を破って夜中に出歩くような危うさは微塵も感じられない。
「……どうかした? 」
「……ううん、何でもないよ」
いつもと変わらない、僕の知っている「兄」だった。その事実に、僕は密かに安堵のため息をついた。
青鸞の見間違いか、あるいは何か別の理由があったのに違いない。
ポケットに手を入れる。
指に、外部端末が触れた。
この中には、青鸞が仕込んだ「透明人間になれるコード」が眠っている。




