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ハルモニアの外側  作者: 藤川加加阿
3 庇護
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3-2 庇護 守られていると思っていた

 ほどなくエレベータが到着した。

 瑪瑙(めのう)が真っ先に乗り込み、僕にも乗るようにと手で示してくれる。CEPTOR(セプター)を持たない僕に対する配慮だ。

瑪瑙のエスコートは洗練されていた。けれど同時に、僕がこの社会で「不完全」であることを優しく突きつけられているようにも感じてしまう。

 嫌ではない。ただ、感謝の言葉を探すのが、少し遅れる。


「君たちは乗らないの」

 瑪瑙は石英(せきえい)たちに声をかける。


「お先にどうぞ」

 石英たちは互いに顔を見合わせて確認することさえせずに、次のエレベーターに乗ることを決めたようだ。僕と同じ空間にいるのが、よっぽど嫌だったのかもしれない。


「そう。それじゃ、お先に」

 扉が閉まると、エレベーターはすぐに上昇を始めた。CEPTORがあれば、わざわざボタンを押す必要もない。

 瑪瑙と共通の話題を探していると、今朝の青鸞(せいらん)の話が思い出された。

 琥珀が監督生(プレフェクト)に選ばれるかもしれないという話だ。

 監督生は、単に成績が優秀であることを表す称号ではない。行動や振る舞いが学園の模範的生徒としてふさわしいかどうかで判断される。監督生は他にもいるが、瑪瑙は特に下級生から慕われていた。

 訊いてみようかと思った。

 けれど、兄が言わないことを、他の人の口から聞くというのも嫌だった。

 僕はエレベーターが止まるまで黙っていた。瑪瑙も何も言わなかった。


 目的の階へ到着すると、瑪瑙は僕に先に降りるように手で示した。僕はそれに従うだけでよかった。続いて瑪瑙が降りるとエレベータの扉はすぐに閉まった。


「それじゃ、よい休暇を」


「よい休暇を」

 ひらひらと手を振って去る彼の背中を見送ってから、僕は深緑色の絨毯が敷かれた廊下を進む。

 青鸞の部屋の前に立つと、センサーが僕を認識して、すぐに扉が開いた。そこまできてようやく、自分でも知らないうちに強張こわばっていた肩の力が抜けていくのを感じた。


「お邪魔するよ」

 声をかけて中に入ると、居間の奥から青鸞が顔を出した。

 二人部屋での共同生活が義務づけられた一般寮とは違い、ここはゆとりのある一人部屋だ。もっとも、青鸞の寝室は「外」から仕入れた雑多なものたちで物置と化しており、彼自身は居間のソファで寝起きしていることを僕は知っている。


「随分遅かったな。ちゃんと終わったのかよ」


「それについては話したくない」


「なるほど、終わらなかったんだな」

 青鸞は呆れ半分、同情半分といった表情で肩をすくめた。

 僕はソファの上の毛布を端に積み上げ、空いたスペースに倒れ込む。


「あーあ、CEPTORさえあれば同じ授業が受けられて、君に助けてもらえたのにな」


「実家に禁止されているんだろ?」

 一度奥へ引っ込んだ青鸞が、包みを持って戻ってくる。青鸞は僕の腹の上めがけて包みを放った。今朝言っていた菓子だ。


「それはそうなんだけど、学業に支障が出てる」


「ないからそう思うだけ。そこまで便利なものじゃない」


「青鸞はあるからそんなこと言えるんだよ。……課題を落としたこと、琥珀には絶対に言うなよ」


「それは勿論。でもまいったな、明日の天体観測に誘うつもりだったんだけど」

 青鸞の話によると、次タームのカリキュラムに天文学を登録している生徒は、観測のために夜間外出の許可が下りるということだった。堂々と寮の門限を破れるというのは、魅力的な誘いだ。


「ぜひ行こうじゃないか。何か問題でも?」


「君は課題を落としただろ。面談が終わるまで新しいカリキュラムの登録はできないんじゃないか」


「なんだって!」

 青鸞の言葉に、僕は頭を抱える。

 こんなに楽しそうなイベントがあると分かっていれば、もっと計画的に課題を進めていたものを。自分で自分が恨めしかった。


「とりあえず、試しに登録申請してみろよ」

 青鸞に促され、外部端末(デヴァイス)からカリキュラムの登録を試みる。


「あァ、駄目だ。キミの言う通りだよ」


「やっぱりな」


「僕は無理だけど、青鸞だけでも行っておいでよ」


「そんなこと言って、本当にひとりで行ったら拗ねるクセに」

 青鸞はわざとらしく溜息をついて見せた。


「まったく、仕方のないヤツだなた(うずら)は。見つからないようにに外に出してやるから、そんな顔するなって」


 そんな顔というのがどんな顔だったのか僕には皆目分からなかったが、どうやら落胆していることが顔に出てしまっていたらしい。青鸞は慰めるようにそう言った。


「どうにかなるものなの? 常に監視されているのに?」

 僕は袖そでを捲り、左手首のラバーバンドを見せる。CEPTORを持たない僕たちの位置情報を、一秒の狂いもなく管理者へ送信し続ける外部端末の本体だ。

 外出禁止時刻を過ぎてから部屋の外へ出ようものならフロア中に警告のアラートが鳴り響き、警備ロボットが飛んでくるだろう。位置情報の監視は、安全と健康管理のためだとは分かっているが、常に見張られているような気がして少し窮屈だった。


「ラバーバンドを外して置いていくっていうのもナシだ。15分以上着け忘れると管理人に通知が行くようになってる」


 こちらは経験済みだった。外した後、うっかりつけ忘れてしまったことがある。そのときは管理者からは厳重注意を受けた。


「その話は知ってるよ。前にキミが教えてくれたじゃないか」


「じゃァ、どうするの」


「そう急かすなって」


 青鸞の、その品の良い形をした唇の両端が愉たのしげに持ち上がっていくのを見て、僕は何故だか少しだけどぎまぎしてしまった。



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