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ハルモニアの外側  作者: 藤川加加阿
1 均質
2/18

1-2 均質 世界はいつも同じ形をしていた

――CEPTOR(セプター)を入れたい。


 長期休暇でコミューンへ帰省した際、そう訴えたことがある。

 それを聞いた祖父は激怒した。両親は気まずそうに黙り込むだけだった。

 口論の果て、「そこまで言うのなら勝手にしろ。その代わり二度とここへは帰ってくるな」とまで言われ、それきりその話は禁句になっている。



「そもそもさ」という青鸞(せいらん)の舌先に、銀色のチップが光った。自身の意思で露出、遮蔽が容易であるとの理由で、舌先へ埋め込むことが多いらしい。


「個人の進度に合わせてカリキュラムが組まれているんだから、普通にやってたら終わらないってことはないだろう。またイマーシヴに夢中になって、課題を放置していたんじゃないのか。あんな子供だましの何が楽しいんだか」

 何か反論しようと考えたが、彼の言う通りだった。返す言葉も見つからない。


 コミューンには、平面のモニターで見る古いシネマや、アニメーションなどのアーカイブしかなかったのだ。CEPTORがあれば、「触覚」や「嗅覚」、「感情」ですらもまるでそこにいるかのように体感することができるらしいが、それがない僕には360°見渡せる「視覚」だけのイマーシヴでも十分だった。


 むすっとした顔を作りながらチョコレイト・ブロックを齧っていると、ポケットの中の外部端末(デヴァイス)が震えた。


琥珀(こはく)だ」

 手のひらサイズの端末を取り出す。ディスプレイを確認すると、「ひとりで起きられたか」「朝食は食べたのか」というような内容のメッセージが表示された。

 横から覗き見した青鸞が「相変わらず過保護だな」と呆れたように笑う。


「そんなんじゃないよ。昔っからこうなんだ。いちいち口煩くってさ」

 恥ずかしくなって、早口で兄への文句を並べる。兄はいつも、僕がまるで小さい子供であるかのように扱うのだ。実際は二つしか離れていない。


「そういえば、監督生(プレフェクト)に選ばれるらしいな」


「え、何のこと?」

 突然話が切り替わり、思わず訊き返す。


「琥珀だよ。噂になってる。彼ならどこからも文句は出ないだろうね。成績は申し分ないし、人格者だし、何より美しいし」


「青鸞って、本当に琥珀のことが好きだよね」

 口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど刺々しく響いた。


 兄は、どこにいても「最適解」そのものだった。

 コミューンでは大人たちからも一目置かれ、重要な役目を任され、いつも皆に信頼されていた。学園でも、CEPTORがなくたって、他の生徒たちと変わらず理想的な振る舞いができている。


 それに引き換え、僕はどうだろう。

 それぞれに最適化されているはずのカリキュラムの速度に振り落とされ、人工食品に適応することができず、食事にすら四苦八苦している。

 コミューンにいた時は、まだもう少しマシだった。

 ここに来てからは、慣れない環境への緊張や疲れのせいか、常に頭の奥に薄い膜が張っているようだ。何かを深く考えることが、酷く億劫だった。兄が周囲に円滑に適応していく一方で、僕はその日一日を過ごすのに精一杯だ。他者がCEPTORを介して瞬きひとつで共有できることを、僕は言葉にするために数秒、数分と費やさなければならない。


 兄が「監督生」に選ばれる。

 兄とは、同じCEPTORを持たない「不完全さ」を共有できていると思っていたが、それは僕の思い込みに過ぎなかったことが証明されたようだった。


「純粋に尊敬しているんだよ。本人からは何も聞いてないのか? 今朝もその関係で早くから瑪瑙(めのう)と一緒にいるんだと思ってたんだけど」

 追い打ちをかけるような青鸞の問いに、胸の奥の澱がさらに濃くなった。 


「何にも聞いてないよ。…………いっつも大事なことは何一つ教えてくれないんだから」

 僕は残ったスープを一息に飲み干してから立ち上がる。喉の奥に、鉄のような後味がへばりついていた。

 もうすぐ始業の時間だった。


「じゃァ、また後で」


「さっさと終わらせてしまえよな」


 僕は、片手を挙げて青鸞に応えながら、逃げるようにカフェテリアを後にした。


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