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ハルモニアの外側  作者: 藤川加加阿
1 均質
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1-1 均質 世界はいつも同じ形をしていた

 ここ最近気に入って飲んでいたゼリィチューブが欠品していた。

 仕方なく、成分表示の数字ばかりが目立つペイストスープのパウチと、齧るとねっとりとして、嫌に甘いだけのチョコレイト・ブロックを選び取る。

 チョコレイトと書いてあるが、多分、本物とは別物だ。

 前に飲んだストロベリイ・ジュースは、苦くて甘い、どこか違う味がした。

 ストロベリイなら、本物の味を知っている。


 カフェテリアの奥、壁一面に設置された大型ストッカーには、色とりどりのラベルが貼られた人工食品が、整然と並んでいた。

 ここに並んでいるものは、どれでも好きなだけ持っていっていいことになっている。

 少し足を伸ばせば調理されたディッシュを出す上級食堂もあるが、効率を好む大半の生徒は、ここでの手軽な燃料補給を選んでいた。


「やァ、(うずら)。今朝は遅いじゃないか」

 空いている席を探していると、馴染みの声に呼び止められた。顔を見ずとも分かる。青鸞(せいらん)だ。

 どうやら食事はとっくに済ませたようで、空の容器が載せられたトレイが円卓の上に置かれていた。

 彼の向かいの席が空いたので、トレイを置いて席に座る。


琥珀(こはく)が起こしてくれなかったんだ。先に出るなら、そうと教えてくれればよかったのに」

 フンと鼻を鳴らして不機嫌をアピールしてみたが、青鸞は何が面白いのか、ケラケラと笑った。


「そう怒るなって。さっき琥珀に会って、『鶉が起きてこないようなら叩き起こしてほしい』って頼まれていたんだ。今朝は早くから用事があったらしい。とりあえずひとりで起きられたようで良かったよ」


 琥珀は僕の実兄だ。僕が学園に入学してからは、寮の二人部屋で一緒に生活している。


 入学と同時に、僕たちには「識別名」が与えられ、学園内ではその名を使用する決まりになっていた。

 出自や家柄に関わらず等しく学ぶ機会を与える―――という崇高な理念に基づいた制度らしい。

 目的の通り機能しているかについては、疑問が残る。

 学園には、一般生徒の寮とは別に、上流階級出身の子息たちに向けて、豪奢な特別棟が用意されているからだ。


 スープのパッケージを開封していると、上級生らしい生徒がこちらへ来て、青鸞に話しかけた。

 名前は知らないが、何度か顔を見た覚えがある。 

 僕はそれに構わず、食事を続ける。

 彼と一緒にいると、こういうことは時々あった。


 スープをひと匙口へ入れる。

 舌に触れた瞬間、これは失敗だと分かった。

 薄い塩味しか感じられない。

 それでいて、不快な後味とざらつきが残る。情報添加に頼りきった商品だ。

 ストッカーまで新しいものを取りに行くのも面倒だった。幸い、飲み込めないほど不味いというわけでもない。

 なるべく舌に触れないように気をつけながら、慎重にスープを口に運んだ。


 入学したばかりの頃、学園で提供される食べ物のほとんどが、喉を通らなかった。

 学園で出される人工食品は、近隣のシティでもよく食べられている一般的なものだということだったが、僕の生まれ育ったコミューンでの「食事」とは全く違っていたからだ。

 脳が、それを「食べ物」と認識せず、身体が飲み込むことを拒否した。

 今はだいぶ慣れたが、それでも苦手なフレイバーがある。「スパイシー」や「スウィート」と書かれたカラフルなラベルの裏に隠された、舌の奥をわずかに痺れさせるような、あの独特の後味。

 僕にはどうしても、何かの薬品を無理やり飲み込まされているように思えるのだった。


 同じ環境で生まれ育ったはずの琥珀は、早々にここでの食事に馴染なじんでいた。彼はもともと食べるものに執着しない。コミューンにいた頃から「食べられるのであれば何でもいい」といった様子で、いつも無表情で食事をしていた。


 子供の頃、森で見つけた果実を分け合った時だって、一口で視界が弾けるような鮮烈な甘みに僕が夢中になってかぶりつく隣で、彼はただ淡々と、空腹を満たすためだけの作業として飲み込んでいた。母が夕食の肉料理を真っ黒焦げにしてしまった時でも、僕が顔をしかめながら食べる横で、彼は表情一つ変えず黙々と咀嚼していた。

 彼にとって食事とは、生命を維持するための燃料補給に過ぎないのだろう。


 青鸞が、手のひらほどの小箱を渡すのが見えた。


 上級生らしき生徒は、それを素早く制服の内ポケットへとしまい込み、足早に去っていく。


 おそらく、擬似感覚データを含んだキャンディか何かだろう。持ち込みが禁止されている、グレーゾーンな嗜好品だ。所持品検査を逃れて持ち込まれたものが複製され、一部の生徒たちの間で出回っている。


 青鸞は、こういった学園で手に入りにくい品々をどこかから仕入れては、商売のタネにしていた。通常、学園へ届く荷物は防犯のため中身を厳しくチェックされている。恐らくどこかに協力者がいるのだろう。


 「なかなかいい儲けになる」と青鸞は言うが、巨大都市シティの市長の息子である彼が、どうしてそんな小遣い稼ぎをしているのかは謎だ。青鸞が素直に教えてくれるとも思わなかったので、深く追求したことはない。


「またいつもの商売か。何が売れたんだ?」


「新商品さ。昨日、荷物が届いたところなんだ。菓子も一緒に届いたから、あとで取りに来いよ」


 青鸞が学園の外から仕入れる菓子は、人工食品が苦手な僕でも食べられる数少ない救いだった。もしかすると特別製なのかもしれない。「あれは嫌だ」「これは食べられない」と食べ物を選り好みする僕を、青鸞は気の毒に思ってくれているらしい。荷物が届く度に、気前よく分け与えてくれる。


 青鸞からの提案は大変魅力的だったが、僕は首を横に振った。

「課題がまだ終わってないんだ。すぐに取りかからなくちゃ。また、管理者と面談になるのは嫌だからね」


「今日が締め切りだろ?」

 青鸞は信じられないと、大袈裟に目を見開いてみせた。


「前から言ってるけど、僕は君みたいに優秀じゃないんだ。――CEPTOR(セプター)もないし」


「琥珀はとうに終わったって言ってたっけな。彼だって同じ条件だろ」


 正論が耳に痛い。


 学園の設備も授業も、基本的にはCEPTORによる情報処理を前提に組まれている。CEPTORを持たない生徒のために外部端末(デヴァイス)も用意されているが、機能としては到底及ばない。

 そんなものを使っているのは僕と琥珀くらいだった。



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