4章-97.聖女のわがまま、動き出していく歯車
うららかな光が差し込む昼下がり。
私達はみんなで公爵邸の庭園に集まり、賑やかにお茶会を開いていた。
「へー! それじゃみんなは、一緒の学園に通っているのね」
美味しい紅茶とお菓子を楽しみながら、セフィラは羨ましそうに目を輝かせる。
「まあね。聖女は学園に通ったりしないの?」
アルが机に頬杖をつきながら、セフィラに気さくに問いかける。
「ただひたすらに部屋の中で、講師と一対一の座学を受けるだけよ……。もう退屈しかなくて、お勉強なんかこれっぽっちもしたくなくなるくらいにね……」
「僕も勉強嫌い……」
エリオスが同意するように小さくつぶやく。
「エリオス、よく分かるわ! でも……こうしてみんなで一緒に机を並べて勉強できるのなら、それはとっても楽しそうだなって……」
「……聖王国にも、同様の高位階級の学園があっただろう。そこに行けばいい」
ヴィルが一人、輪から少し離れた木に寄りかかりながら、ぶっきらぼうに言った。
「行けても、聖女は聖王国では特別な存在だからね。周囲から遠巻きにされて、浮いてしまうのが目に見えているわ」
セフィラはシュンとして、小さなため息をついた。
「じゃあお姉ちゃんも、僕達と一緒の学園に通おうよ! お姉ちゃんもいたら、毎日がもっと楽しいよ!」
エリオスがフォークを小さく掲げながら、びっくりするような大胆な提案を口にする。
「エリオス、お行儀が悪いぞ。それに無茶を言ってはいけない」
エリオスの掲げた手を優しく下げながら、グレンがその突飛な発言をいさめた。
しかし、その言葉にセフィラは悪戯を思いついた子どものように唇を吊り上げた。
「……いいわね。それ」
「え? どういうこと?」
アルが彼女の何かを閃いた顔を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
セフィラは立ち上がり、拳を天に掲げながら声を張り上げた。
「キリアン先生にお願いして……来年から、みんなと一緒の学園に通えないか頼んでみるわ! もしそれが叶ったら、絶対に毎日が楽しいもの!」
「セフィラ様……さすがに枢機卿の助力があったとしても、他国の聖女の留学となれば、その願いは容易には通らないのでは……?」
グレンが困惑の表情を浮かべ、困ったように眉を寄せる。
「私の人生は一度きりだもの。それに、昨日ヴィルも言ってくれたじゃない? 『本当に不満なら、もっと大声で泣き叫んで嫌がれ』って。だから……これからはたくさん泣いて喚いて、自分のわがままを全力で突き通してみせるわ!」
「……俺はそういう意味で言ったわけじゃない」
ヴィルはバツが悪そうにそっぽを向き、憮然とした様子で答える。
その様子が可笑しくて、お茶会の空気はいっそう和んだ。
「セフィラが同じ学園に……」
私は彼女の言葉に驚きつつも、どこか心強さを感じていた。
(もし主人公である彼女が近くにいてくれたら、運命を変えるための何かしらのきっかけや力を得られるかもしれない。そうしたら私もみんなと一緒に……)
私は期待感を胸に抱きながら、ちらりと隣に座ったグレンの横顔を見つめる。
「どうしたんだ? ルナリア」
「ううん、何でもないわ……」
私の視線に気づいた彼が優しく微笑む。
すると、そっと耳元に顔を近づけてきた。
「大丈夫だ。たとえ本当に彼女が留学してくることになったとしても……私の心は、ルナリア、君のそばから離れない。この先、どんなことがあろうとも……」
彼は私にだけ聞こえる小さな響きと共に、どこまでも甘く微笑んだ。
そのあまりの熱量に私の顔が赤くなっていく。
正面に座ったセフィラがニヤニヤと楽しそうに見つめているのを、私は気恥ずかしく感じているのだった。
そして、楽しいお茶会の終わりを告げるかのように、芝生を柔らかく踏みしめる足音が聞こえてきた。
「交流の途中ですが失礼いたします。……聖女セフィラ、そろそろお時間ですよ」
群青色の美しい髪を揺らしたキリアン卿が、私たちの会話を遮らないよう配慮しながら遠慮がちに声をかけてきた。
「はい、分かりました……。みんな、絶対にまた戻って来るから! その時はもっともっと仲良くしてね!」
「ええ、楽しみに待っているわ。セフィラ……」
彼女の突然の堂々たる再会宣言に、キリアン卿が不思議そうに首をかしげる。
「聖女セフィラ、それは一体どういうことでしょうか……?」
「えへへ、キリアン先生。あとでちょっとお願いしたい頼み事があるの。……じゃあね、みんな! 元気にしていてね!」
楽しそうな企みを胸に抱くセフィラに、キリアン卿は何のことやらという顔をしている。
セフィラはキリアン卿と並んで、大きく手を振りながら、公爵邸の正門へと歩いていった。
「はあ。なんだかまた、とんでもない大騒動が起きそうな予感がするよ」
遠ざかっていく二人の後ろ姿を見送りながら、アルが呆れ半分といった風にため息をついて肩をすくめた。
「……聖王国の聖女がこちらの学園に通うなど、そんな道理の通らない無茶が通用するわけがないだろう」
壁に背を預けたヴィルが、興味などないとでも言いたげな顔をしながらも、視線だけセフィラの向かった正門へ向いていた。
「でもお兄ちゃん、お姉ちゃんのことを見てるとき、なんだかほんわかしてたよ! 一緒の学園になれたら、お兄ちゃんもうれしいでしょ?」
エリオスが無邪気に笑いながら突っ込むと、ヴィルは途端に顔を不機嫌そうに歪めて睨みつけた。
「……余計な口を叩くな。俺が好きなのはルナリアだけだ」
「お、ルナリア以外にも少しは興味が出てきたってこと? 頑なだった狂犬くんにとってはいい傾向じゃん。これは来年の学園生活が楽しみになってきたねえ」
アルがここぞとばかりに面白がり、からかうような視線をヴィルへと向ける。
ヴィルはそれには一切答えず、そっぽを向いてしまった。
いつもと変わらない賑やかなやり取りが、心地よく耳に届く。
少しずつ、けれど望ましい方向へ動き出していく運命の歯車。
それを肌で感じながら、私は今この場所を包み込むひだまりのようなあたたかな温もりを、心から楽しんだ。




