4章-96.悪役令嬢のささやかな反逆、誰にも届かない叫び
窓から差し込むうっすらとした月明かりを浴びて、セフィラは幸せそうな寝息を立てながら私の横に枕を並べて眠っている。
その無防備な顔は幼く、愛らしかった。
「結婚……か……」
私はぽつりと、誰に向けてでもなく、部屋の夜の闇へとつぶやいた。
結婚なんて、今の私にとってはあまりにも遠い夢物語だ。
だけれども、先ほど彼女が口にしたその温かで幸せな響きが耳から離れず、何度も心のなかで反芻してしまう。
けれど、私は近い将来に命を落とす身だ。
(それなのに、こうして贅沢な幸せに手を伸ばしたくなってしまうなんて皮肉ね……)
私は小さく寝返りをうち、窓の外に広がる星に満ちた夜空をじっと見つめた。
「もし、みんなが生き残って……。私もそこにいられたら……」
胸の奥底にずっと押し込めていた淡い希望が、ため息と一緒にこぼれ出る。
みんなが無事で、生きていられることが私にとっては最優先。
そのためなら、私の命なんて二の次でいいと、ずっとそう自分に言い聞かせて納得させてきたはずだった。
(でも、もし……。この理不尽な運命そのものを、変えることができたのなら……?)
彼らが手に入れる温かな未来の中に、自分も一緒にいられる。
もしそれが叶うのだとしたら、これほど幸せなことはない。
「グレン……」
大好きな彼の名前を呟くだけで、胸の奥が熱くなる。
もしこのまま私が死んでしまったら、彼は誰よりも悲しむだろう。
彼を傷つけないようにするためには、私が何としてでも生き残るしかない。
(何より、私自身が……彼のそばにいたい。ずっと、彼の隣で生きていたい……)
もう、自分の本心に嘘をつくのはやめよう。
私はもう一度ゆっくりと寝返りを打ち、月光に照らされたセフィラの穏やかな寝顔をじっと見つめた。
「がんばってみようかな……私も、みんなと一緒に生き残る未来に辿り着けるように……」
愛おしい、何よりも大切なみんな。
全員を守るのが最優先だという私の選択は、これからも絶対に変わらない。
だけれども、もし運命を書き換えることができるのなら、私もその幸福な未来の中にいたい。
「セフィラ……あなたを結婚式に呼べるように……私、少しだけあがいてみるね」
私は目をつむり、まどろみの中に意識を落とす。
運命を、自らの手で切り開く未来を夢見て。
◇
白い、どこまでも純白な世界。
神聖とも言えるほどに美しく、何もない空間に、ひとつの声が木霊する。
「だめ……あなたが幸せになりたいのなら……今のままじゃ……!」
その響きは、胸が張り裂けそうなほどの悲しみを帯びていた。
「お願い誰か気づいて……!」
けれど、その願いは誰の耳にも、世界のどこにも届かない。
「このままじゃ……どんなに全員がんばっても……ルナリアは死んでしまう……!」
どれほど声を大にして叫ぼうとも、ただ果てのない白の中へと儚く消えていくだけだった。
◇




