4章-93.止まらない猛攻、セフィラとの再会
その日の夕暮れ。
私はエリオスと一緒に食堂で穏やかな時間を過ごしていた。
すると、エリオスが何かを察したようにぱっと顔を上げた。
「あ、馬車の音! パパかな!」
「え……エリオス、もう聞こえたの?」
竜人特有の並外れた耳の良さだろうか。
私の耳にはまだ何も届いていない段階で、エリオスは椅子からぴょんと元気よく飛び降りた。
「ママ! むかえにいこう!」
「そうね、おかえりなさいって言いに行きましょうか」
私はエリオスの小さな手と自分の手をしっかりとつないで、公爵邸の正門へと向かった。
しばらく門の前でそわそわしながら待っていると、ようやく私の耳にも馬車の足音が聞こえてきた。
夕陽が差し込む道の向こうから、こちらに向かって二台の馬車が近づいてくるのが見えた。
「二台……それに、後ろに控えているのは聖王国……聖騎士団の騎馬……?」
想像以上に仰々しい隊列の登場に、私は思わず気圧されてたじろいでしまう。
やがて先頭の馬車が門の前にゆっくりと停まると、その中から見慣れた姿——グレンが降りてきた。
「ルナリア、遅くなってすまない」
「グレン、会談お疲れ様」
私を見つめる彼は、心を溶かしてしまいそうなほど熱くも優しい微笑みを浮かべている。
今朝の彼の情熱的な言葉と、不意打ちの行動が思い起こされ顔が熱くなっていく。
「そ、そういえば、もう一台の馬車は……?」
自分の高鳴る鼓動をごまかすように尋ねると、グレンは苦笑を交えて視線を移した。
「ああ、あちらは……」
彼がすべてを言い終わるより前に、もう一台の白い馬車の扉が勢いよく開いた。
まず降りてきたのは、気品ある群青色の髪を夕風になびかせたキリアン卿だった。
そして彼が恭しく差し出した手を取り、白い花びらが舞い降りるかのように、美しい影が地面へと降り立った。
「ルナリア! 早速来ちゃった!」
「セフィラ……!」
彼女は頭部を白い繊細なヴェールで包み、なめらかなシルクで仕立てられた美しい礼装をまとっていた。
その姿はまさに、私が前世で見た聖女そのものだ。
セフィラをスマートにエスコートしながら、キリアン卿が人当たりの良い笑みを浮かべる。
「何とか各方面を説得し、滞在の期間中はこちらの公爵家に宿泊できるように手配いたしました。まったく、調整がとても大変でしたよ」
「あはは、キリアン先生……ありがとうございます!」
セフィラは照れくさそうに笑い、キリアン卿は私達の方へと視線を向けた。
「私と聖騎士団の一部も護衛のために宿泊させていただことになりましたが……聖女セフィラと皆様との交流を邪魔するつもりはございません。どうか彼女をよろしく頼みますね」
「はい、もちろんです。セフィラ、またすぐに会うことができて本当に嬉しいわ」
「私も! ね、今日は一緒の部屋に泊ましょう!」
「ふふ、いいわよ。一緒にたくさんお話ししましょうね」
天真爛漫な彼女と言葉を交わしていると、不思議と心が弾んで、とても気分が明るくなる。
(グレンとのことで、ギクシャクしてしまうかもしれないと思ったけれど……。いつも通りに普通にお話ができてよかった……)
ほっと胸をなでおろし、グレンの方をちらりと盗み見る。
するとちょうど彼もこちらに目を向けていたようで、視線がぶつかった。
彼はそれに気づくと、ふわりと目元をほころばせた。
「ルナリア……今日は聖女セフィラ様と一緒に過ごしてくれるか?」
「ええ、わかったわ」
私は快くうなずき、同じく微笑みを返す。
するとグレンは私に歩み寄り、私の耳元へとその唇をそっと寄せた。
「本当だったら、今すぐにでもここで君を抱きしめたいところだが……他国の使節団の前だから我慢するよ、愛するルナリア」
彼の熱い吐息とともに囁かれた声に、私の思考がふっと飛んだ。
彼の止まることを知らない猛攻に、顔がどうしようもなく熱くなっていく。
「それでは、公爵邸をご案内します。こちらへどうぞ」
私の動揺など気にすることもなく、グレンは何事もなかったかのように、使節団を誘導するために正門へと向かうのだった。
「ルナリア、どうしたの?」
「あ、いや……」
グレンの甘すぎる囁きの余韻に浸る私の顔を、セフィラは不思議そうに小首をかしげて覗き込んできた。
まだ熱を持ったままの赤くなった頬を両手で慌てておさえながら、私はふと、ある疑問へと意識が向いていく。
(そういえば……セフィラは、グレンのことをどう思っているのかしら……)
攻略キャラクターは全部で四人。
彼女が最初から、グレンのことを特別に好きになるというわけではないはずだ。
(もしセフィラが他の誰かを好きになるのだとしたら……)
私の不安も少しは和らぐかもしれない、そんな淡い期待が胸をよぎる。
「……なんでもないわ。私たちもみんなの後を追いましょう」
私は自分の都合の良い推測を胸の奥へとそっと隠し、彼女に悟られないよう微笑みながら、その小さくて柔らかな彼女の手を引いた。




