4章-91.(グレン視点)見えざる敵の捜索、運命へ立ち向かう決意
ルナリアと庭園で話し合い、互いの想いを言葉にした翌朝。
私は、昨日王宮へと赴いたものとはまた異なる、別の格式高い礼装に身を包み、公爵邸の奥にある客間へと足を運んだ。
「おはよう、グレン。昨日色々あったけど、ちゃんと眠れた?」
部屋に入ると、アルがいつも通りひらひらと手を振りながら、こちらへと視線を向けた。
「問題ない。アルも連日の調査で疲れているだろう?」
「大丈夫だよ。吸血鬼の体力を舐めないでよね」
「パパ! 今日こそ一緒に遊ぼう!」
私の姿を見るなり、エリオスが小さな身体で嬉しそうに足元へと飛びついてくる。
「すまない。昨日の会談が、今日改めて行われることとなったんだ。またすぐに王宮へ出かけねばならない」
「えー……」
エリオスは途端にしょぼんとして、寂しそうにうつむいてしまった。
私は彼の実際の父親というわけではない。
だが、その愛らしい様子を目にすると、胸の奥から本物の親心のようなあたたかな慈愛が自然と湧き上がってくる。
「無駄話はいい。さっさと要件を話せ」
部屋の壁を背にして、朝の爽やかな光が差し込んでいるというのに、まるで闇へと溶け込むかのような声音でヴィルが告げた。
彼との付き合いはまだ短く、出会った当初はいつでも一触即発となるような危うい関係だった。
しかし、お互いに「ルナリアを何があっても守り抜く」という絶対の共通項があったおかげだろう。
日を重ねるごとに、次第に彼とは腹を割って打ち解け合うことができるようになっていた。
当の本人がどう思っているかは分からないが、私としては、彼のことをアルの次くらいには信用している。
「……まずは、アル。昨日は何か成果はあったか?」
「ぜーんぜん。尻尾すら出さないよ……あの頭領、一体どこに隠れたんだか」
アルが悩ましげに、重いため息をつく。
その言葉を受けるように、ヴィルも小さく首を振った。
「……俺の方でも裏社会のルートを調べているが、怪しい噂一つ聞こえてこない。……頭領自身が自ら姿を現すまで、ただ待つしかないのかもしれないな」
「それは同時に、こちらにも予期せぬ被害が生まれるかもしれないということだ。……なるべくなら、後手に回るのではなくこちらから仕掛けたいのだが……」
進展しない状況に、私はもどかしさをおぼえる。
私達は、あの騒動の後にどこかへと逃亡した組織の頭領をずっと追っていた。
しかし、この半年間、どれだけ網を広げても有力と言える情報は一向に得られていない。
「それは同意だけどね。でもさすがに、この状況じゃ手詰まり感があるよ。あっちの真意が分からないから、こちらから誘い出す方法すら思いつかないし」
かつての吸血鬼騒動。
そして、エリオスを狙った暗殺騒動。
それらのすべての裏で不穏に糸を引いていた頭領の存在を、このまま見逃すわけにはいかない。
「誰か別の権力者から、依頼を受けて動いている……という可能性もあるけれどねえ」
「その線も十分に考えられる。だが、あの頭領という男は……どこか、いつも状況そのものを楽しんでいるようにも見えた。組織の利益ではなく、純粋な私情で動いている可能性もある」
「はあ……さすがにもう少し情報が欲しいな。エリオス、自分が殺された時のこと、何か思い出せない? 同じ魂を持つ奴が近くにいたとかなかった?」
「わかんない……おぼえてない……」
アルの質問に、エリオスは顔を落ち込んだように肩を落とす。
まだ幼い彼に、一度命を落とした時の恐ろしい記憶を無理に思い出させるのは本意ではない。
だが、確かに今の状況ではあまりにも手がかりが少なすぎた。
どんな小さな可能性でもすがりたくなるアルの気持ちも、私にはよく分かる。
「しかもルナリアに、何かよく分からない力……世界の因果律が絡んでるとか。本当に、問題は山積みだねえ」
アルの言葉を聞きながら、私は先日の港町での出来事を思い返していた。
何者かに見えない手で首を絞められたように、紡ごうとした言葉を強引に塞がれてしまったルナリアのあの様子は、どう考えても尋常ではなかった。
あの光景を思い出すと、今でも胸の奥が痛む。
「……そもそも、因果律とはなんだ」
ヴィルが、怪訝そうな顔をしてエリオスの方へと視線を向ける。
「因果律はね、世界の運命を管理しているの。運命が狂わないようにするための力だよ!」
「何そのムカつく力。運命なんて、自分自身の力で変えてこそでしょ」
アルが吐き捨てるように言い、不快そうに肩をすくめた。
「僕もね、そう思う! 因果律の干渉はね、普段はほとんどないとされているの。だからママにその力を感じたときは、僕もびっくりしちゃった」
「運命か……」
昨夜、夜の庭園で震えるルナリアの身体を強く抱きしめた自身の両手を見つめた。
彼女の行く手には、この先どれほど険しい運命が待ち受けているのだろうか。
得体の知れないその恐怖を、彼女自身も肌で感じているのかもしれない。
だからこそ、私が、私達が彼女を何があっても守らなければいけないのだ。
「もしかしたら、例の頭領が彼女の未来に暗い影を落とす可能性もある。……この世界の理不尽な運命に負けないためにも、できる限りの手を尽くしていこう」
私達は、愛する彼女のために、世界の運命へと立ち向かう決意を固めていく。




