1章-9.グレンの抱擁、闇を抑える光 .
「アル……! 危険はないと言っていたのは嘘だったのか!?」
私を抱きしめたまま、グレンが怒気を含んだ声で叫んだ。
主君でもあるグレンから強い怒りを向けられても、アルは顔色ひとつ変えなかった。
それどころか、肩をすくめてみせる。
「ごめんごめん、内包していた闇の魔力が俺の予想を遥かに超えていたんだ。……まあでも、目論見通り、君の『光属性』の魔力で綺麗に抑えられたじゃないか」
「事前に話を聞いていたが……もし抑えられなかったらどうするつもりだったんだ!」
「俺だって一歩間違えれば大惨事になる実験なんてしないよ。色々な伝承から推測して、ルナリア嬢のストッパーになれるのは、グレンの光の魔力だけだって確信があったからさ」
「まったく……」
グレンは、まだ納得がいかないように言葉を続けようとした。
腕の中の私が小さく身じろぎしたのに気づき、ハッと表情を和らげた。
「ルナリア、体は大丈夫か? どこか痛むところはないかい?」
「ん……っ、う、うん……。だ、大丈夫、だと思う……。あの、ただ……っ」
「! どこか怪我でもしたのか!?」
急にくちごもった私を見て、グレンが過保護なまでに顔を近づけてくる。
(違う……そうじゃないの……!)
意識がはっきりした今、至近距離でグレンの腕に抱きしめられているという現状を、ようやく理解してしまった。
彼の胸板から伝わってくる心臓の鼓動。
衣服越しに伝わる体温。
一気に顔が沸騰していくのが分かった。
私は真っ赤になって、消え入りそうな声で白状する。
「あ、あの、その……もう、完全に平気そうなので……だ、抱きしめられたままだと、その、話がしにくくて……」
「…………っ!」
私の恥ずかしそうな指摘を受けて、グレンは自分が何をしているのかをようやく自覚したらしい。
端正な顔を、瞬時に耳の根元まで真っ赤に染め上げる。
瞬時に音が出そうな勢いで、私から飛び退いた。
「す、すまない……っ! 女性に対してあまりに失礼な真似を……!」
あわあわと両手を泳がせながら、見たことがないほど動転しているグレン。
公爵家の神童としての大人びた風格は、今や見る影もない。
「初々しいねえ。なんなら、もっと気がすむまでイチャイチャしてくれても良かったのに」
アルが腕を組んだまま、にやにやとした意地の悪い笑みを浮かべてこちらを凝視している。
「ア、アル……ッ! ルナリアに失礼なことを言うんじゃない!」
案の定、グレンが顔を真っ赤にしたまま声を荒らげる。
アルは、主の剣幕を受け流し、ひらりと手を振った。
「はいはい、グレン。まあ冗談はさておき……」
彼は唇の端に浮かべていた笑みをサッと消す。
アルの顔に真剣みを帯びた大人の表情が戻り、彼はじっと私を見つめ直す。
「ルナリア、怖いかもしれないけれど……これから徐々に身体を闇属性の魔力に慣らしていったほうがいいね」
「そう、ね……。これが暴走でもしたら……きっと、恐ろしいことになる。でも、さっきは全然コントロールできなかった……」
「大丈夫、何かあったときはグレンの光が君を止めてくれるから。……どうかな、また明日も訓練、続けられそう?」
「うん……。でも……少し……怖い……」
私は思わず、弱音と一緒に本音をそのまま吐き出してしまった。
さっき一瞬だけ触れた、自分の中の『闇』の重苦しさ。
意識を呑み込もうとした暗闇を思い出すだけで、指先がまた震えそうになる。
「安心して。さっき君の魔力回路に触れたおかげで、君の中の闇の性質を俺もじっくり解析できた。明日はもっと魔力を小出しにして訓練できるよ」
私の不安を見抜いたのだろう。
アルは労わるような、慈愛を込めた優しい眼差しで目を細めた。
「……大丈夫、人間の可能性は無限大だからね。諦めなければ、絶対にいつかコントロールできるようになるさ」
「アル……わかったわ。私、がんばってみる……っ」
ぎゅっと拳を握りしめ、顔を上げてそう告げると、アルは満足そうに小さく頷いた。
その様子を、私と少しだけ距離を置きつつも見守っていたグレン。
彼は、やはり心配そうに眉をひそめて私の顔を覗き込んできた。
「ルナリア……。くれぐれも無理だけはしないでくれ。アルは、時々加減を知らない無茶を強いるところがあるから」
「ちょっと、グレン。人聞きが悪いな」
背後からのアルの抗議を無視して、グレンはさらに真摯な声で言葉を重ねた。
「君の身体が何よりも一番大切なんだ。少しでもきつい、苦しいと感じたときは、すぐに休むことを考えてほしい。私はいつだって、君を守るために隣にいるから」
真っ直ぐに紡がれる、あまりにもまぶしい誓い。
私という存在そのものを全肯定し、慈しんでくれる言葉。
(ああ、やっぱり……私はこの人達を守りたい)
私の闇が彼を蝕むというのなら、その闇ごと完璧に支配してみせる。
「ありがとう……」
グレンの優しさに胸を熱くしながら、私は心からの笑みを彼に返した。




