1章-8.魔力を解放する訓練 .
その日のすべての授業が終わった後。
特別に貸し切られた屋内訓練場は、私達の足音だけ響く。
高窓から差し込む夕暮れの光が、砂の舞う床を照らしている。
「というわけで、早速その『闇属性魔法』の基礎訓練から始めてみようか」
訓練場の中央へと歩み出たアルが、いつものような軽い調子で両手を叩いた。
事の経緯を事前にすべて聞かされていたグレンは、ひどく心配そうな面持ちでアルと私を交互に見つめている。
「アル、本当に大丈夫なのか? 闇属性の魔法なんて、使い手が少なすぎて学園の教本にすらまともな記述がないんだぞ」
「まあ、そうだね」
「それほど未知で、かつ強力な力だからこそ……ルナリアの身体に、過度な負担がかかるんじゃないか?」
グレンの言葉には、純粋な気遣いと、私の身体をいたわる優しさが満ちていた。
その温かさに、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「だからこそ、今のうちにやるんだよ、グレン」
心配性の主人に対し、アルは合理的な声音で淡々と反論した。
「教本がないなら、手探りで感覚をつかむしかない。それに、今の彼女は自分の内側には、とんでもない大きさの爆弾を抱えている状態なんだよ」
「アルの言う通りよ……これから先、何かの拍子で力が暴走して制御できなくなる方が……よっぽど危険だと思うの。私は、この力を制御したい。だから、グレン、見守っていて」
「それは、確かに……悔しいが、異論はない」
グレンは悔しげに顔をしかめながらも、納得せざるを得なかったようだ。
彼は私の方へ向き直ると、緑の瞳に憂慮をたたえながら問いかけてきた。
「ルナリア、君は……本当にそれでいいんだな? 決して、無理はしていないか?」
「うん……。心配してくれてありがとう、グレン」
私は小さく息を吸い込み、胸の真ん中で燃えるような覚悟を灯した。
(怖がっている場合じゃない。私がこの『闇』を飼い慣らすことができなければ、いつか本当に……この二人を、私の手で壊してしまうことになるんだから)
彼らの血塗られた未来の幻影を見てしまった。
今の私は、もうただ守られるだけの存在でいるつもりはない。
「私は自分のこの力について、もっと深く知りたい。……そして絶対にコントロールできるようになりたいの」
大切な人達を守るために、まずは私自身が強くならなければならない。
決意を胸に、私は訓練場の中央に佇むアルの姿を真っ直ぐに見据えた。
「良い覚悟だね。……今の君の闇属性は、頑丈な鍵のかかった扉の先に眠っているのと同じような状態なんだ。それを今から、俺の魔力を媒介にして、魔力回路をほんの少しだけノックして開けてあげる」
「闇の……魔力回路を、開ける……?」
ごくり、と喉が鳴る。
聞き慣れない術式の手順に、私の緊張は最高潮に達していた。
「そう、まずはちょっとだけね。まずは君の身体に、眠っていた魔力がカチッと流れる感覚をつかんでいこうか」
「……わかったわ」
あまりの恐怖に全身を強張らせる私を見て、アルはふっと表情を和らげた。
まるで小さな子供をあやす保護者のような、包容力のある笑顔をこちらに向ける。
「まあまあ、そんなに固くならないで。大丈夫だからさ。ほら、この前みたいに手を前に出して。そこから魔力を流すよ」
うながされるまま、私は小さく震える両手をアルの前に差し出した。
アルは私の怯えを受け止めるように、落ち着きのある柔らかな仕草で手を握り返してくる。
「いくよ。……今度はこの前より強めに流すから、絶対に驚かないでね」
その言葉の直後だった。
ドクン、と心臓を直接むき出しの氷で打たれたような、凄まじい衝撃が全身を突き抜けた。
「う……っ、あ……!」
身体の奥底、魂のさらに深い場所で、どす黒い何かが一気に沸き立つのが分かった。
アルの魔力が呼び水となり、私の内に眠っていた『闇』の濁流が、一気に扉を蹴破ってあふれ出す。
その暴力的なまでの魔力は、私の精神をあっという間に飲み込み、意識を暗い暗い底へと引きずり込もうとする。
まるで底なしの沼に足を取られたかのように、視界が黒に染まっていく。
(だめ……っ、意識が、持っていかれる……!)
「——ちょっとまずいかな。想像以上の出力だ」
私の異変を察知したアルの声が遠くで聞こえた。
「グレン、出番だよ! 早く!」
「わかっている……!」
その直後、視界を覆いつくしていた暗黒を引き裂くように、力強い腕が私を包み込む。
グレンが、私の身体を抱きしめてくれたのだ。
「ルナリア……!」
耳元で響く、必死な彼の声。
同時に、グレンの身体から伝わる温かさ。
そして、清らかな光の波動が、制服越しに直接流れ込んできた。
「あ……」
すると、意識を貪ろうとしていた黒の波動が、嘘のように一気におさまっていく。
血液がじんわりと熱を取り戻し、目の前を覆っていた黒い霧が散っていく。
「はぁ、はぁっ……、く……っ」
グレンの胸の中で、私は激しく呼吸を荒げながら、自分の意識が確かに現実へと戻ってきたことを自覚した。
まだドクドクと早く脈打つ心臓の音。
それは私のものか、それとも私を必死に抱きしめているグレンのものなのか。
判別がつかないほどに重なり合っていた。




