4章-89.群青の枢機卿、物語にとっての良い兆し
「やっぱり……私、みんなとまだ一緒にいたいな……」
心からの本音を漏らすようにセフィラがそうつぶやいた瞬間。
タイミングを見計らったかのように、部屋のドアが規則正しくノックされた。
「失礼いたします。聖王国からの使いです」
「……はい、どうぞ入ってください」
私は隣にいるセフィラのひどく緊張した様子を気にかけ、胸をざわつかせながらも、室内への入室を促した。
ゆっくりと扉が開かれ、中に姿を現したのは、群青色の髪を上品に流した端正な顔立ちの男性。
それは、昼間に公園で誰かを探していた、あの独特の厳かな空気をまとった人物だった。
「私は聖王国……聖教会の枢機卿、キリアンと申します。この度は我が国の聖女を保護してくださり、誠にありがとうございます」
「枢機卿が自らご足労いただくとは……恐れ入ります」
グレンが一歩前に出て、相手の身分の高さに見合った礼を深く取る。
「先ほど王宮で会って以来ですね、グレン殿。……聖女セフィラ、お迎えに上がりました」
キリアン卿はグレンへとにこやかに一礼を返した後、私の隣で小さくなっている少女へと視線を向けた。
「う……キリアン先生……」
セフィラは逃げ場を失った子供のように身をすくめ、小さく声を漏らす。
その呼び方から、二人が単なる公的な関係以上のものであることが窺えた。
「私共の管理の不手際で、あなたには大変な思いをさせてしまいました。さあ、表に馬車を用意してあります。王宮へ帰りましょう」
キリアン卿はどこまでも物腰柔らかく、しかし有無を言わせないように言葉を紡ぐ。
そして、セフィラにその手をそっと差し出した。
「先生……私……」
セフィラは差し伸べられたキリアン卿の手を見つめたまま、それを取るのをためらうように視線をさまよわせた。
その寂しげな横顔を見て、放っておけないという衝動が私の胸を突き動かす。
「あの……キリアン卿! もう少しだけ、聖女セフィラ様と一緒にいることはできませんか?」
私は思わず席から立ち上がり、キリアン卿に向かって声をあげていた。
「……あなたは、昼間公園でお会いした方ですね」
キリアン卿は驚く風もなく、どこかすべてを見通しているような穏やかな笑みを浮かべて私を見つめる。
「ルナリア・ペンバートンと申します。今は訳あって、こちらの公爵家でお世話になっております」
「……ルナリア殿。そのような申し出をされる理由をお聞きしてもよろしいですか?」
不躾に話しかけたのにも関わらず、キリアン卿は優しく微笑んでくれた。
その柔らかい空気に押され、私は考えを巡らせながら口を開く。
「彼女ともう少し、個人的にお話をしたいんです。その、他国との文化交流という意味でも、今後の両国にとって有意義なものになるかと……」
苦し紛れの口実だと自分でも分かっていたけれど、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「ルナリア……!?」
セフィラが驚いたような表情で、信じられないといった風に私を見つめてくる。
「……なるほど。聖女セフィラ、あなた自身はどう思っているのですか?」
「私は……」
セフィラは祈るように両手を組み、必死にキリアン卿を見つめる。
「私も! もっとみんなと話したいです! お願いします、先生……!」
キリアン卿は、しばらくそんな彼女の様子をじっと見つめていた。
だがやがて、仕方ないと言うふうに小さくため息をついた。
「……分かりました。枢機卿の立場から、王宮や聖王国の方へ色々と調整を試みてみましょう。ただし、今日はいったん帰るのが条件です。そうしないと、護衛の聖騎士団が徹夜となってしまいますからね」
「先生……! ありがとうございます!」
セフィラはパッと目を輝かせ、私に向かって弾んだ笑顔を向けてくれる。
こうして、私達は彼女を玄関の前に停められた馬車へと見送ることになった。
セフィラと私はぎゅっと握手を交わし、胸に残る名残惜しさを感じつつも、ゆっくりとその手を離した。
「ルナリア! 私、絶対にまた会いにくるから……その時はもっとたくさんお話ししようね!」
「ええ……楽しみに待っているわ」
動き出した馬車を見送りながら、アルが大きく伸びをする。
「はあ。これからまた騒がしくなりそうだねえ」
「ママ……またお姉ちゃんと遊べる?」
「ええ、きっと……」
エリオスの頭を優しく撫でながら、私はふと思う。
ゲームのシナリオ通りなら、悪役令嬢である私は、いずれ光の聖女である彼女に打ち倒される運命だ。
(でも、彼女になら……それも悪くないかもしれない……)
今回の提案は、もちろん寂しそうな彼女のことを考えての行動だ。
だが思いがけず、それはこの物語にとっても大切な一手になったように感じた。




