4章-87.夕暮れの公爵邸、現れた本当の主人公
セフィラに請われて、私達は一度公爵家へと戻ることになった。
空を見上げれば、ゆっくりと美しい夕陽色に染まりつつある。
「セフィラ、ここが公爵邸よ」
「わー、大きい! それにとっても……豪華!」
セフィラはローブをかぶったまま無邪気に目を輝かせ、嬉しそうに公爵邸の立派なたたずまいを眺めている。
「あれ、ルナリア達じゃん。こんな時間に帰ってきたの」
私たちの後ろから、どこかひょうひょうとした聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
特徴的な黒い三つ編みを軽快に揺らしながら、アルが手をひらひらとさせてこちらに近寄ってくる。
「アルこそ、こんな遅くまで出かけていたの?」
「まあね。ちょっと色々探しててさ」
どこか含みを持たせるように不敵な笑みを浮かべ、アルは肩をすくめた。
何か彼なりに気になる調査でもしていたのだろうか。
「ねえ、ルナリア。こちらの方は?」
セフィラが不思議そうにアルを見つめながら、私に小さく耳打ちをしてくる。
「彼はアル。この公爵家に仕えているのよ」
「そうなのね。こんにちは、私はルナリアの友達です! よろしくね」
「ルナリアの友達……え、いつの間に女の子の友達ができたの。それは初耳なんだけど」
アルは驚いたように目を丸くし、私とセフィラの姿を交互に見つめる。
「僕の友達でもあるよ! みんな友達!」
エリオスが負けじと声を弾ませ、セフィラの手を握る。
「ふうん。まあ、エリオスがそれだけ懐いているなら大丈夫かな……。って、ヴィルも友達になったの?」
アルがニヤニヤしながらヴィルに視線を向ける。
「……了承した覚えはない……」
ヴィルは不服そうな表情を浮かべ、ふいと横を向いてそっぽを向いた。
「色々あってね……公爵家に遊びに来たいと言われたから連れてきたの。彼女を中へお通ししても構わないかしら?」
「まあ、大丈夫なんじゃない? 俺達の紹介なら門番も問題なく通してくれるでしょ」
「それじゃ、お邪魔するね!」
セフィラは嬉しそうに笑みを浮かべ、門に向けて一歩踏み出す。
その時だった、遠くの方から馬車の足音が聞こえてきた。
「お、ちょうどよくグレンも帰ってきたみたいだね」
アルが馬車の紋章に目を留めて呟く。
「ん? ルナリア、グレンって誰?」
「この公爵家の三男よ。今日、王宮へ外交に出かけていたの」
「あー……王宮……」
その言葉を聞いた瞬間、セフィラのそれまでの華やかな笑顔が、一瞬にしてぎこちなく固まる。
それを見て私は首をかしげる。
「どうしたの?」
「あーいやーその……」
彼女が妙に挙動不審な様子を見せていると、私達の目の前へゆっくりと馬車が停まった。
扉が開くと、そこから見慣れた、そして見るだけでほっと安心するような、燃えるような赤髪が夕陽になびいた。
「ルナリア、それに皆……門の前でそろってどうしたんだ?」
「グレン、おかえりなさい……!」
正装を着こなした彼は、いつも以上に大人びて見えて格好いい。
その姿を見るだけで、私の胸は跳ね上がってドキドキしてしまう。
「なんかルナリアが、公爵邸に友達連れてきたんだってさ」
アルが相変わらずの調子で、私達のやり取りをグレンに伝える。
「ルナリアが……?」
グレンは意外そうな声を漏らし、私のすぐ横にいたセフィラへと視線を移した。
「こ、こんにちは……」
セフィラはどこか引きつった硬い笑顔のまま、グレンの視線を受け止める。
一瞬。
いや、夕暮れという時間のせいだろうか。
私にとっては気の遠くなるほど長い時間に感じられた。
二人の視線が、夕陽の中で交わされる。
「……君は……」
グレンが何かを確かめるように、セフィラをじっと見つめる。
その場の空気が、何とも言えない独特の緊張感を帯びていく。
茜色の夕陽に染まる二人の顔。
けれど、その光景は私の心に、なぜか痛いほどに暗い影を落とした。
胸の奥が締め付けられるような、不穏なざわめきが止まらない。
「どう、したの?」
私は動揺を隠しきれず、声を震わせながらグレンとセフィラに問いかけた。
「いや……気のせいか……。すまない、女性を不躾に眺めてしまった」
グレンはハッと我に返ったように視線を外した。
「あ、い、いいえ。大丈夫です……」
セフィラもまた、慌ててローブを握りしめながらうつむいた。
「ルナリアの友達だったね。歓迎するよ。名前を聞いてもいいだろうか?」
「うぇ!? え、ええっと……」
グレンの至極当然な問いかけに対して、セフィラは今日最大級の慌てぶりを見せる。
そのあからさまな怪しさに、私達は思わずお互いの顔を見合わせるのだった。
「セフィラ、どうしたの? 顔色が悪いように見えるわ……」
私が心配になって彼女の顔を覗き込むと、隣にいたグレンが驚きの声をあげた。
「……! セフィラ……だって……!?」
グレンは、信じられないといった様子でセフィラに視線を向ける。
「グレン、彼女を知っているの?」
「知っているも何も、彼女は……」
「……あちゃー……さすがにバレちゃうか……」
セフィラは困ったように眉を下げ、観念したような苦笑いを浮かべた。
「セフィラ……?」
「ごめんねルナリア、隠してて……」
セフィラは羽織っていた大きなローブを顔からそっと外すと、自らの指をパチンと軽快に鳴らした。
すると、彼女の身を包んでいた茶色の髪と瞳に、きらきらとした光の粒子が美しく散った。
光の輝きが消え去ると同時に、彼女の髪色は澄み渡る空を思わせるような、どこまでも綺麗な薄い水色へと変化していく。
ひとつに結ばれていた髪も、その魔力に呼応したかのようにハラリと優雅にほどけ、夕陽を浴びてきらめいた。
私はその劇的な変貌を目の当たりにした瞬間、頭を揺さぶれるような衝撃を覚える。
そして、前世の記憶が鮮明に呼び覚まされた。
「あ……っ」
私の脳裏に蘇ったのは、あの乙女ゲームのメインビジュアル。
グレン、アル、エリオス、ヴィル。
その四人の男性たちのちょうど中央に立ち、慈愛に満ちた笑みを浮かべていたヒロイン。
「私は……聖女セフィラ。黙っていて、本当にごめんね」
聖女と名乗ったセフィラは、私の記憶に深く刻まれているパッケージヒロインと、寸分違わぬ姿でどこまでも可憐に微笑むのだった。




