4章-85.天真爛漫な少女、逃避行への誘い
先ほどの男性の足音が遠ざかると、少女は安心したようにすくっと立ち上がった。
「本当にありがとう。助かったー!」
「いいえ……。ところで、あの人達は……?」
「え、えっとお……」
少女は気まずそうに視線を泳がせ、激しく言い淀んでいる。
そこに、私達の様子を不思議そうに眺めていたエリオスがとことこと歩いてきた。
「みんな何してるの? お菓子食べないの?」
足元に寄ってきたエリオスの姿が目に入った瞬間、少女は驚いたように両手で口を覆った。
「きゃー! 何この子……かっわいいー! ねえ、お名前は何ていうの?」
「エリオスだよ! お姉さんは?」
「私はセフィラ! ……あ、えっと、この名前……知ってる?」
「いいえ……?」
私達が顔を見合わせながら首を振ると、セフィラと名乗った少女は心底安心したように胸を撫で下ろした。
「よかったー! そうだ、あなた達の名前は?」
「私はルナリア。こちらはヴィルよ」
「エリオス、ルナリア、ヴィル……うん、覚えた! 今回は迷惑かけちゃってごめんね」
両手を合わせて、セフィラは深く頭を下げる。
日常とはほど遠い状況に、私は疑問をそのまま彼女にぶつけた。
「セフィラ。……何で追われているか聞いてもいいのかしら?」
「うーん……。実は私、その高貴? な身分で……。ちょっと護衛を巻いて逃げてきちゃったの」
「え!? そ、それは大丈夫なの……?」
「すっごく大丈夫じゃないから、探されているのよね……。でも、私、自由な時間なんてほとんどなくて。少しでも……街で気ままに遊んでみたかったの」
おどけるように笑ってみせるものの、彼女がふと見せた沈んだ、寂しそうな顔がどうしても気になってしまう。
「……そういう理由があったのね」
義務や規則に縛られて自由を奪われている彼女の姿が、どこか他人事のようには思えなかった。
ヴィルとエリオスに視線を向けながら、私はある提案を彼女にしてみる。
「ねえ、もし良かったら……この街を案内してあげましょうか?」
「え……?」
「……ルナリア、こんな厄介事に首を突っ込むのは危ない」
ヴィルがすぐさま制止するように、私の前に一歩踏み出した。
見ず知らずの、それも高貴な身分を自称する逃亡者を連れ歩くリスクを、私を守るために警戒してくれている。
しかし、私は彼の瞳を見つめて首を振った。
「でも、このままじゃ彼女が捕まっちゃう。……悪いことをしているようにも見えないし、ヴィルも少しだけ付き合ってもらえないかしら?」
「ルナリアが……そう言うなら……」
私の頼みにはどうしても逆らえないようで、ヴィルは困ったように眉を下げながらも承諾してくれた。
「お姉さんもいっしょにお出かけ? わーい! にぎやか! 」
エリオスは新しい仲間が増えたことに大喜びして、嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
「ルナリア……いいの? もしかしたら迷惑をかけちゃうかも……」
「でも何だかセフィラのこと放っておけなくて……。でも、しばらく遊んだら必ず戻りましょうね?」
「うん、わかった。ありがとう!」
セフィラは満面の笑みを咲かせると、あふれる感謝を伝えるように、私をぎゅっと抱きしめた。
「いいのよ。ここは人目が多いし、少し場所を離れましょう。人通りの少ない、落ち着いた通りにあるカフェに行くのはどうかしら?」
これ以上ここで目立ってしまうと、またいつ捜索者に見つかるか分からない。
私がそう提案すると、セフィラは待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせた。
「カフェ……行きたい! 私、甘いもの大好きだけど、普段はなかなか食べさせてもらえなくて……。すごく楽しみ!」
「僕も甘いの大好き! 早く行こう!」
セフィラとエリオスは、すっかり意気投合した様子で、互いに小さな手を合わせてぴょんぴょんとはしゃいでいる。
姉弟のようにも見えるその姿が、とても微笑ましい。
「……厄介な女だ……」
ヴィルは突然舞い込んだお荷物のような面倒事に、露骨に嫌そうな表情を浮かべて顔をしかめている。
正体不明のトラブルメーカーが加わったことが、彼にとっては頭痛の種でしかないのだろう。
「ヴィルも甘いもの好きでしょう? 彼女と気が合うかもしれないわよ」
「それはない。絶対にない。俺と気が合うのはルナリアだけだ」
私がクスリと笑いながら声をかけると、彼は即座に拒絶の言葉を返す。
今にも大きなため息を深くつきそうにしながら、ヴィルはやはり不満げに顔をしかめているのだった。




