4章-84.晴れやかな公園、飛び出てきた女の子
翌日も、雲一つない見事な快晴に恵まれた。
私と、角を隠すために帽子をかぶったエリオス、ヴィルは、休日になると数多くの屋台が立ち並ぶ大きな公園へと足を運んでいた。
「ママ! 見て! あそこに白いほわほわのお菓子売ってる!」
「エリオス、走ると危ないわ。前をちゃんと見て歩いてね」
広大な敷地は、穏やかな休日を満喫する大勢の家族連れで行き交っていた。
誰もが笑顔で、見ているだけで心がほころんでいく。
「ルナリア。人が多いから気をつけるんだ」
私とエリオスを周囲の人波から守るように、ヴィルがすぐ背後にぴたりと寄り添ってくれている。
「わかったわ。ヴィルも買いたい物あったら遠慮なく言ってね」
「……手がふさがるような事はしたくない。いつ、また何か危険が現れるか分からないからな」
「そうね……。でも、あまり気を張りすぎないで」
せっかくの休日なのだから彼もリラックスしてほしいが、彼はきっと緊張感をほどかないだろう。
「ママ、あれ買って!」
「あ、とてもおいしそうね。それじゃあ……」
エリオスが小さな指で示した屋台のクッキーがとても美味しそうだったので、私はそれを二袋購入した。
そして、そのうちの一袋をエリオスへと手渡す。
「はい、エリオス。ゆっくり食べるのよ」
「わーい! ありがとう、ママ!」
「もうひとつは……はい、ヴィル」
私はもう一方の袋からクッキーを一つ取り出すと、そのままヴィルの口元へとそっと寄せた。
「私が食べさせてあげれば、手がふさがらないでしょう?」
「ルナリア……ありがとう」
ヴィルは嬉しそうに表情を和らげつつ、私の指先からクッキーをそっと口にしてくれた。
かつては暗殺者として刺々しい雰囲気をまとっていた彼だったけれど、この半年間でその空気は驚くほどにやわらかくなっている。
これまでの過酷な人生の分、私達のそばで少しでも多くの幸せを感じてくれているのなら、これほど嬉しいことはない。
「それにしても、本当に人が多いわね……。もう少し落ち着いたところで、空いているベンチを探しましょうか?」
「そうだな。あちらの方角は人の気配が少ない」
ヴィルが指さしたのは、美しい景観の池が広がるエリアだった。
彼に先導されるようにして、私たちは賑やかな喧騒を離れ、奥へと歩みを進めていった。
「あ……あそこの一段下がったエリアなら空いてそうね」
階段の下にあるそのスペースは、周囲からの死角になっているのか、先ほどまでの賑わいが嘘のように人気がなかった。
きらきらと輝く池が目の前に広がるベンチを見つけ、そこに座ろうと私たちが足を向けた、まさにその時だった。
「とう——!」
突如として、快活で弾んだ声が頭上から降ってきた。
驚いて顔を上げると、階段上のすぐそばにある茂みから、ひとつの影が勢いよく飛び出してきた。
「え……!?」
「あ……!?」
一瞬のうちに、その影——こちらに向かって落ちてくる少女と目が合う。
あまりにも突然の出来事で身体がすくんでしまい、このままでは間違いなく彼女と激突してしまう。
そう覚悟した瞬間だった。
「ルナリア!」
瞬時に危機を察知したヴィルが、私達の間に割って入るようにして私の体を素早く押しのけた。
そして、落下してきたその少女を、自らの胸元でしっかりと受け止めた。
「……わ! ごめんなさい! 人がいるって思わなくって!」
ヴィルの腕に抱えられたその少女は、親しみやすい茶髪と愛らしい茶色の瞳をしていた。
長い髪を後ろできれいにひとつにまとめ上げ、少し大きめの長いローブを羽織っている。
「あれ、これってお姫様だっこ? きゃー! 初めてされちゃった!」
自分の失態に慌てるどころか、少女はヴィルの腕の中で頬を赤く染めながら、嬉しそうに声をあげた。
そのあまりの天真爛漫な勢いに気圧されながら、ヴィルは不快そうに眉をひそめて顔をしかめている。
「ルナリアにぶつかりそうになったから、しょうがなく受け止めただけだ。問題ないなら下ろす」
「うん! ありがとうございます! お騒がせしました!」
少女はヴィルの腕の中からそっと地面へ着地し、こちらに向けて申し訳なさそうにぺこりと頭を下げるのだった。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
私が慌てて声をかけると、少女はすぐに明るい笑みを浮かべた。
「大丈夫! むしろこっちの方こそ、ごめんなさ——」
そこまで言いかけた少女が、急に言葉を詰まらせた。
それから、大慌てで羽織っていた大きなローブを、両目が隠れるくらいにまで目深にかぶった。
「どうしたの……?」
「お願い! 私を隠して……!」
切迫した声とともに、少女は私とヴィルの影に滑り込むようにして、その場に小さくしゃがみこんだ。
すると彼女が飛び出してきた階段の上の方から、複数の慌ただしい声が響いてきた。
「こっちにいなかったか!?」
「あっちも探そう……!」
姿こそ見えないものの、誰かを必死になって探している様子が伝わってくる。
足元にいる少女の方をチラリと盗み見ると、彼女はローブのフードを両手で必死におさえるようにして顔を隠し続けていた。
「あなた、まさか誰かに追われてるの……?」
「まあ、そんなところなの……」
身を潜めている少女は、衣服の上からでも分かるくらいに、かすかに震えているように見えた。
「もし、そこのお方達」
不意に、私たちの背後から声をかけられた。
「は、はい!」
驚いて振り返ると、そこには白い端正な礼服をまとった、さらりとした群青の髪をした男性が一人、静然と立っていた。
どこか厳かで洗練された空気感をまとっており、ただ見つめているだけでもこちらの気が引き締まるような、独特の存在感がある。
「人を探していましてね。あなたぐらいの年代の少女を、この辺りで見かけませんでしたか?」
「……えっと……あっち? ……に行ったかな……と思います」
私は胸の内に罪悪感を覚えつつも、少し言い淀みながら、彼女が逃げてきたのとは別の階段上の通路を指さした。
「……そうですか。ありがとうございます。それでは私はこれで」
男性は人当たりの良さそうににこりと笑うと、私の足元にある不自然なローブの塊をちらりと見た。
しかし特に何か言うこともなく、感情を読ませない不思議な笑みを残したまま、彼はゆっくりと階段をのぼっていった。




