3章-81.二人だけの桟橋、一年後の幸せを告げる約束(★)
港町ダイラスへと戻ってきた私達を、ヴィルが物陰から静かに出迎えてくれた。
「ヴィル、お待たせ。待っててくれてありがとう」
「……待った。ルナリアのそばを離れるのは落ち着かない」
さすがに元暗殺組織の一味であったヴィルを、竜人国との引き渡しの場所へ連れていくわけにはいかった。
そのため、長時間の説得の末、彼は港町で私達の帰りを待っていてくれたのだ。
「……王子を引き渡しに行ったんじゃなかったのか? 」
ヴィルは不思議そうに眉を寄せ、私の足元で嬉しそうにしているエリオスを見つめる。
「それは……色々あってまた預かることになったの」
「パパとママと一緒! お兄ちゃんも一緒?」
「……そういうことになる」
「そっか! みーんないっしょ!」
エリオスは弾んだ声をあげ、嬉しそうにその場で何度も飛び跳ねる。
「はあ、一時期はどうなることかと思ったよ。ヴィル、君も重要な戦力だから頼りにしてるよ。ルナリアのためでいいから、護衛がんばってよね」
「……言われずともだ」
アルの気安い言葉に、ヴィルは相変わらず不器用そうに顔をそらしながら応じるのだった。
「ルナリア、少しいいだろうか?」
一同のやり取りが落ち着いたところで、グレンが私に歩み寄ってきた。
「どうしたの? グレン……」
「二人きりで話がしたいんだ。少し先の場所にある桟橋で待っている」
「ええ、わかったわ」
グレンは私の返答に優しく微笑むと、人波で賑わう船着き場の喧騒の中をゆっくりと歩んでいった。
彼の背中を見送っていると、足元のエリオスが首をかしげる。
「ママ、パパどうしたの?」
「えっと、ちょっとパパとママ用事があるから、しばらくアルとヴィルのそばにいてくれる?」
「わかった! おじちゃん、お兄ちゃん! あそぼう!」
「……こいつと女王陛下がお兄ちゃん、お姉ちゃんで、何で俺がおじちゃんのままなんだ……」
アルの切ないつぶやきに思わず苦笑しながら、私は胸の鼓動を少しだけ速め、グレンの待つ桟橋へと駆け出した。
その桟橋は人気がない、港町の中でも静かな場所だった。
遠くで響く海鳥の鳴き声と、穏やかな波の音だけがよく聞こえる。
「グレン、お待たせ……!」
「ルナリア……。呼び出してすまない」
「ううん。それで用事って……?」
私が歩み寄ると、グレンは少しだけ頬を赤く染め、熱を帯びた眼差しで私を見つめた。
いつになく緊張しているのが、そのたたずまいから伝わってくる。
「……婚約の返事のことなんだが……」
「え……あ……」
不意に核心を突かれ、私の胸がどきりと跳ねる。
「いや、今すぐ返事をもらおうとは思っていないんだ。……一年後、高等部入学とともに、貴族の成人を祝う晩餐会が開かれる。そのとき、婚約者がいる男女は、一緒に出席する習わしとなっているんだ」
「そう、なのね……」
「私は、君をその晩餐会でエスコートしたいと思っている。だから、ルナリア。その晩餐会の前……中等部卒業の時に、君の返事を聞きたい」
「中等部卒業……」
一年という猶予。
それは、私に考える時間をくれようとする、彼の誠実な気遣いなのだろう。
「私は君以外と婚約を結ぶつもりはない。もし色良い返事をもらえなかったとしても、諦めるつもりもない。……だが、ルナリアの気持ちを無視して強引に婚約を進めることもしない」
グレンはそこで一度言葉を区切り、さらに顔を赤くした。
視線を泳がせながらも、意を決したように言葉を紡ぐ。
「だが、もし……君が了承してくれるのなら、その時は……あのような形ではなく……君と、本当の口づけを交わしたいと……思っている」
そう言うと、グレンの顔は真っ赤に染まっていく。
つられて私の頬も一気に熱を帯びていった。
最悪の未来を思えば、私に残された時間は少ないのかもしれない。
大好きな人達と過ごせるタイムリミットは、刻一刻と近づいている。
「わかったわ……一年後、必ず返事をする。待っていてね、グレン……」
でも、私は彼との時間を、この幸福な一時を、少しでも長く望んでいた。
結果的には、彼を深く傷つけてしまうかもしれない。
それでも、私は最後のわがままとして、一年後に伝えるべき答えを、すでに心の中で決めていたのだった。
三章はこれで完結となります。
次章より「本当の主人公編」スタートです。
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