3章-79.竜の女王の迎え、エリオスの拒絶
港町ダイラスのはるか沖合。
そこには、波間に佇む巨大な船が停泊していた。
その船から渡された立派な連絡橋を渡り、フィン公爵とともに、私達一同は甲板へと乗り込んだ。
「おおきい船! すごいよ、ママ!」
エリオスは見たこともない大きな船に目を輝かせ、今にも楽しそうに駆け回ろうと足を動かす。
「だめよ、エリオス。これからお迎えが来られるのだから、行儀よくしていましょうね……」
「おむかえ? どこかにいくの?」
「ええ。竜人国にね」
自分の行く末がまだよく分かっていないのか、エリオスはきょとんとした表情を浮かべた。
(それにしても……エリオスは、このまま竜人国に帰ってしまうのよね。彼が攻略キャラクターなら……これはシナリオ通りと言えるのかしら……?)
そう考えた時、船の奥にある重厚な扉がゆっくりと開いた。
左右に控えていた竜人達の兵が、一斉にその場へかしずく。
「そなたたちが、人間国の使者か」
奥から現れたのは、エリオスと同じように美しい、流れるような銀髪をなびかせた少女だった。
神秘的な黄金の瞳を宿し、頭部には立派な角を持っている。
年齢は、私やグレン達と同い年くらいに見えた。
どこか不遜さを感じさせる態度で、こちらを値踏みするように見下ろしながら歩んでくる。
「わらわは、竜人国が女王イリスだ。人間達よ、エリオスの護衛感謝する」
その威風堂々たる名乗りに、フィン公爵は即座にその場にひざまずき、一礼を示した。
「私は公爵家当主フィン・フォーサイスと申します。輝ける竜人国の女王陛下が直々にお迎えくださるとは思っておりませんでした。遠路はるばるご足労いただき、こちらこそ感謝申し上げます」
「当然だ。なにせ……」
イリス女王は尊大な態度のまま、私たちの並びへと視線を巡らせていく。
そして、私のすぐ隣にいたエリオスの姿を捉えた瞬間、その美しい顔をぱっと嬉しそうに輝かせた。
「エ・リ・オ・スー!!! ああ、わらわの最愛の弟よ……! 無事でよかった!」
それまでの女王としての厳格な空気をすべて置き去りにして、イリス女王は私のそばにいたエリオスへと猛烈な勢いで飛びつき、その小さな体を強く抱きしめた。
「ふえ……お姉ちゃん……誰……?」
「……ああ、そうか。気の毒にエリオス……記憶を失っておるのだな……」
エリオスの戸惑いの反応に、イリス女王は胸を痛めたように、悲しげに首を横に振る。
「竜人は死ぬと卵に回帰する。しかし、寿命以外で死ぬと……記憶、知識、感情……それらが次第に剥がれ落ちていき、いずれは竜人としての能力を喪失する。危険な幼体期を守りきってくれたこと、本当に感謝しておるぞ」
イリス女王は愛おしそうにエリオスを腕の中に抱きしめたまま、今度は私たちの方へと視線を向ける。
「ふむ、なかなか良い魂をもつ者達だ。そなた達のような者に保護されたことは、エリオスにとっても僥倖であったろうな」
イリス女王は私達から何かを感じ取ったように、満足そうな笑みを浮かべた。
それからエリオスから少しだけ体を離すと、愛おしげに彼の小さな両手をそっと包み込むように取る。
「さあ、エリオス。ともに竜人国へ帰ろう。今後の国交については、わらわが引き継ぐ。そなたは、成体になるまで竜人国で安心して守られよ」
「竜人国……? パパとママは……?」
まだ自身の状況を飲み込めていないエリオスは、不安げに私とグレンの顔を交互に見上げてくる。
「エリオス、私達とはここでお別れよ。あなたは元いた故郷に帰るの」
別れの寂しさをこらえながら、私は努めて穏やかな声を意識して事実を伝えた。
私の言葉の意味を理解しようと目をぱちくりさせた後、エリオスは耐えかねたようにくしゃりとその顔をゆがませた。
「やだー! パパとママと離れるのいやー!!」
「エリオス……わがままを言ってはいけない。イリス女王陛下と共に竜人国へ帰ることが、君の幸せでもあるんだ」
グレンもまた、エリオスとの離別を惜しみ、胸を痛めながらも諭すように言葉をかける。
しかし、その必死の説得も今の彼には届かなかった。
「いや! 竜人国いかない!」
エリオスはイリス女王を突き飛ばすようにしてその手を強く振り払うと、私の足元をめがけて突風のような勢いで駆け寄ってきた。
「エリオス……そんな……。わ、わらわと一緒に帰ろうぞ? 人間国にいては、また何かあったとき守りきれぬ」
思わぬ拒絶にひどく動揺したイリス女王は、すがるように小さな手をエリオスへと伸ばす。
しかし、私の足元に隠れたエリオスは、差し伸べられたその手をにらむように見つめた。
「僕を連れて行こうとするお姉ちゃん……きらい!」
「エ、エ、エリ、オス……!?」
その一言を聞いた瞬間、イリス女王はその場に崩れ落ちた。
先ほどまで周囲を圧倒していた女王としての覇気は、一瞬にして見る影もなく消え去ってしまう。
「エリオスに……嫌われた……!? あああああ!! なんということだ……わらわはもう生きてはゆけぬ……!!」
床に両手と膝をつき、子供のように大声をあげて慟哭するイリス女王。
周囲に控える竜人国の精鋭兵たちも、どう対応してよいか分からずに困惑の表情でその光景を見守るしかなかった。
「エリオス! 女王陛下……心配してくれている姉君にそのようなことを言ってはいけない。今すぐに、謝りなさい」
見かねたグレンが、いつもより厳しい口調でエリオスに謝罪をうながす。
しかし、引き離される恐怖と悲しみに支配されているエリオスには、大好きなグレンの言葉であっても聞き入れる心の余裕はなかった。
「やだ! 僕からパパとママを離そうとする人きらい!」
エリオスはこれ以上の言葉を拒絶するように、私の服にぎゅっとその小さな顔を埋めてしまう。
その背中は震えており、私達と離れたくないという一心な思いが伝わってきた。
私は困り果てて、グレンと視線を交わす。
「どうすんのこれ……」
収拾のつかなくなった甲板の様子を眺めながら、一番後ろで控えていたアルが、呆れたように小さな声でつぶやくのだった。




