3章-73.混沌の夜、グレンとヴィルの間に散る火花
夜の砂浜での激動を経て、私達がどうにか高台の屋敷へと戻ることができた。
そこには、全騎士団の捜索を指揮していたフィン公爵が玄関ホールで直々に待ち構えていた。
「……言いたいことは色々あるが、ともかく無事で良かった。皆、大きな負傷はしていないようだな」
冷静でありながらもどこか安堵を含んだ声に、私は心配させてしまったことに胸が小さく痛んだ。
グレンは前へ進み出ると、責任を痛感しているのか深く頭を下げた。
「申し訳ありません、父上。説明もろくにせず、勝手に飛び出してしまい……」
「謝罪は後だ。まずは状況をまとめる。皆、ひどく疲れているだろうが、何が起きていたのか、全員これまでのことを順を追って説明せよ」
フィン公爵の眼差しが、私、グレン、そして後ろに静かに控えるヴィルへと順に向けられる。
誰が先に口を開くべきか、一瞬の沈黙が流れた。
まさにその時だった。
「あれ、俺が最後か。お待たせ」
軽やかな声が響くと同時に、漆黒の髪を夜風になびかせながらアルがふわりと床へ舞い降りた。
「アル! ルナリアとエリオスは無事だ。お前も大丈夫だったか?」
グレンが顔を上げて、安心したようにアルへ声をかける。
「んー、まあね」
アルはその問いかけに生返事をしただけで、視線を私の背後へと真っ直ぐに向けた。
その真紅の瞳に、敵意を孕んだ冷たい光が宿る。
「そんなことより……なんでそいつが平然とここにいるわけ?」
アルはあごをしゃくり、ヴィルの方を睨みつけた。
「そいつ、村の宿を襲撃してきたときにいた闇属性持ちの暗殺者だよね。何事もなかったかのようにそこにいるから、さすがにびっくりしたんだけど」
「それは今から説明するわ。……アル……? どうしたの、何だか動きがぎこちない気が……」
「そう? 気のせいじゃないかな。何でもないさ」
アルは半身を隠すようにして、私の視線をはぐらかそうとする。
けれど、彼のいつも流れるような身のこなしが硬くなっているのを、私の目は見逃さなかった。
「……ちょっと、ごめんなさいね」
私はアルの言葉の途中で、彼が外套の下に潜ませていた右腕を強引に引っ張り出した。
「……これ、は……!」
露わになったアルの腕を目にした瞬間、私は言葉を失った。
彼の肌が、衣服ごと焼け、痛々しい痕となって残っていたのだ。
驚愕で震える私を見て、アルはこれ以上隠し通せないと諦めたように、左手で気まずそうに頬をかいた。
「あー……まあちょっと、派手に怪我しちゃった。けど、見た目ほど痛くないし、再生も始まってるから大丈夫だよ」
「そんな……アルがこんな傷を負うなんて……暗殺者と戦っていたの?」
「そうだよ。この混乱に乗じて、黒幕を直接引っ張り出そうとしたんだ。だけど、まさかの神聖魔法持ちでね。予想外の術式に不意を突かれて逃げられちゃった。せっかくのチャンスだったのに、仕留め損ねてごめんね」
アルは自らの不甲斐なさを呪うように、苦々しく顔をしかめる。
「暗殺者が神聖魔法持ち……!? 神聖魔法は、光属性の中でも選ばれし者しか使えない高位の術式のはずだ。それを悪用する者がいるとは……」
グレンもアルの痛々しい腕の傷を見つめながら、信じがたい現実にその碧玉の瞳を大きく揺らした。
「神聖魔法は、清廉な心の持ち主しか使えないとも言われているのにね。その対極にいるような暗殺者が使えるなんて、さすがの俺も考えていなかったよ」
アルは自嘲するように笑いながら、右腕を再び外套で隠す。
ホール全体の空気が張り詰めるなか、それまで私の後ろで気配を消していたヴィルが静かに声をあげた。
「……俺がいた暗殺者集団の頭領だ。頭領は、光と闇魔法を同時に操る」
ヴィルの言葉を聞いたフィン公爵が、信じられないとでもいうように絶句した。
「光と闇……対極とも言える属性を同時に使う者がこの世に存在したという話は、聞いたこともない。少なくとも、私の知る歴史上では、そんな存在はただの一人も……」
「残念ながらフィン、そいつの言うことは正しいよ。俺もこの目で、その矛盾した力を直接見たからね」
アルは肩をすくめ、その戦闘を思い出したかのように重い息を吐き出した。
「……で、情報をべらべら喋ってくれるそっちの男は、いったい何者で、何でここにいるの?」
会話が一段落したところで、アルが不信感を隠そうともせず、私の背後に佇むヴィルへと視線を移した。
「えっと……この人はヴィル。暗殺者集団のひとりだったのだけど、私の説得に応じてくれて、仲間になってもらったの」
私がこれまでの経緯を説明すると、アルは呆れ果てたと言わんばかりに頭を抱えた。
「……ルナリア。そこらへんで捨て犬を拾ってくるのとはわけが違うんだよ。そんな急な話、さすがにそのまま信じろっていうのは無理がある。グレンはこれで納得したの?」
アルから話を振られたグレンは、渋い表情のまま腕を組み、不機嫌そうに言葉を返す。
「納得しているわけがない。私もこいつが仲間になるのは、いまだに反対だ」
周囲からの厳しい視線が集中するなか。
当のヴィルは周囲の評価など一切気にする様子もなく、ただじっと私だけを見つめてつぶやいた。
「……ルナリア以外に信用される必要はない。俺はルナリアのためにここにいる」
「はあ……ルナリアは本当に愛されてるねえ」
アルはお手上げといった風に苦笑する。
その時、それまで大人の会話を静かに聞いていたエリオスが、場に似合わない明るい声をあげた。
「このお兄ちゃん、とってもママのこと大好き! でもママはパパと僕のものだから渡さない!」
「魂で人を見てそうなエリオスがそこまで言うなら、まあその気持ち自体は本当なのかもしれないけど……。フィン、こいつの処遇どうするの?」
エリオスの無邪気さに肩の力が抜けつつも、アルは判断を仰ぐためにフィン公爵へと向き直る。
フィン公爵はヴィルを値踏みするように見つめる。
「……ひとまずは敵意がないと信じ、あの暗殺者集団の内部情報を提供してもらおう。ただし、少しでも怪しい素振りを見せたら、その時は容赦はしない」
「だそうだよ、グレン。隣ですごい殺気飛ばしてるけど、とりあえず落ち着こうか」
アルになだめられても、グレンの警戒が解けることはなかった。
彼はヴィルに向けて、警告するように眼差しを向ける。
「……もし、ルナリアに再び手を出したら、私が貴様を処断する。覚悟しておくんだ」
グレンの言葉を正面から受けながらも、ヴィルは表情を変えなかった。
感情を読み取らせない瞳のまま、ただ静かに尋ねる。
「お前は……ルナリアのことが好きなのか?」
「ああ、私は彼女のことを心から愛している。心の底から、世界の誰よりも彼女を想っている」
「グ、グレン……っ。その、こんな人がたくさんいるところで……!」
あまりにも堂々としたグレンの告白に、私は心臓が跳ね上がって慌てふためく。
そんな私の隙を突くように、ヴィルが後ろから不意に抱きついてきた。
「へ!?」
「……誰が愛していようと関係ない。ルナリアは俺のものだ」
耳元でささやかれる言葉に、私の頭は思考ごと固まってしまう。
当然、その光景を目の当たりにしたグレンの怒りは頂点に達した。
「貴様……! 今すぐその手を離せ!」
激昂するグレンと、私を離そうとしないヴィル。
二人の間で板挟みになって私がパニックになっていると、足元からエリオスが私の服の裾を引っ張った。
「僕、なんだか眠くなってきちゃった……ママ、今度こそ一緒に寝よう?」
「あーもう、めちゃくちゃだよ……」
誰にどう声をかければいいか分からず、私はただ天を仰ぐしかなかった。




