3章-72.(アル視点)吸血鬼と黒幕の対峙、白と黒の使い手(□)
王宮管理の屋敷よりも、さらに高台に位置する険しい崖の頂。
夜風が吹き荒れるその場所に、黒いローブを目深にかぶった仮面の男が静かに佇み、眼下に広がる街並みを見つめていた。
——ドン——ッ!
突如、大気を激しく引き裂く轟音とともに、男のいた空間そのものが内側へと爆縮した。
凄まじい圧力によって、一瞬にして地面に巨大なクレーターが穿たれる。
「——っ」
しかし男は寸前のところでその恐ろしい一撃を察知し、ひらりと後方へ大きく飛び退いていた。
「あれ、避けたか。……死んでもいいやと思って攻撃したんだけど」
男の前に滑り込むように、もう一つの影が舞い降りる。
吸血鬼の真祖——アルは、闇に溶けそうなほど深い漆黒の髪を夜風にたなびかせ、その真紅の瞳を凍りつくような冷たさで向けていた。
「…………」
仮面の男は一言も発せず、ただ身構える。
「その無駄のない体裁き、底が見えない魔力の揺らぎ……お前があの暗殺者集団の中で一番強いね。首領ってところかな?」
アルの問いかけに対しても、仮面の男は何も答えない。
ただ、不気味な静寂を保ったままアルの動向を観察している。
「ずっと気になっていたんだよ。あの暗殺者どもの血の匂い隠しや、気配を消す隠遁の術……その術式の構成が、この前起きた吸血鬼の騒動で使われたものとそっくりだってな」
アルの真紅の瞳が、湧き上がる怒りを燃やすように暗く揺らめく。
「お前が裏で糸を引いていたんだろ。吸血鬼を呼び起こしたのも……今回の騒動の発端を作ったのも。一体何が目的だ? こっちはけっこう……いや、かなり怒ってるんだけど」
男は肯定も否定もせず、ただ微動だにせずそこに立っている。
「言う必要はないって感じか。いいよ、別に。こっちもこっちの方法でやるから……さ!」
アルが右手を軽やかにかざすと同時に、男の周囲の空間が歪み、強烈な圧縮が始まる。
しかし、男は焦った様子も見せず、手元で一筋の銀閃を閃かせた。
その美しい軌跡とともに、漆黒の魔力が空間の歪みそのものを切り裂き、アルの空間操作を打ち消す。
「なるほどね。最初の襲撃にいた闇属性持ちと一緒の……相手の力を消す術式が使えるのか。なら……」
アルは口元を不敵に歪めると、再び右手を天に掲げ、勢いよく振り下ろした。
「……っ」
男は直感に突き動かされるように、大きく横に飛び退く。
その次の瞬間、男がいた場所へ、地面を激しく叩きつけるような凄まじい衝撃波が襲いかかった。
地面が派手に砕け散り、凄まじい風圧が吹き荒れる。
「避けるってことは……術式そのもの、いや、力自体に直接干渉して消す術式だろ? だから魔力ではない、ただの物理的な衝撃波までは防げない」
男は、かすめるだけで全身が消し飛ぶような衝撃波を、紙一重の身のこなしで避け続ける。
その絶え間ない猛攻の最中、アルは人間離れした神速の踏み込みで、男との間合いを一気に詰めた。
「終わりだ……!」
逃げ場のない至近距離。
そこから放たれる空間圧縮。
アルが必殺の一撃を放とうと、右手を動かしたまさにその瞬間だった。
「——!?」
その右腕に、突如として純白のまばゆい光が激しく絡みついた。
光は瞬時に実体を持った鎖の形を成し、吸血鬼の真祖であるアルの動きを制止する。
「……っく! 神聖魔法か!」
男に放とうとした空間圧縮のエネルギーを、自身の腕を縛る鎖に向けてそのまま打ち放った。
骨を軋ませるような衝撃とともに純白の鎖を強引に消し飛ばしながら、アルは男の方へと顔を向ける。
しかし、そのほんのわずかな隙に、男はすでに煙のように姿を消していた。
「逃がしたか……っ」
アルは忌々しげに自身の右腕を見る。
破れた衣服の下、直撃した神聖魔法によって、焼け焦げたような痕が痛々しく肌に残っていた。
「はぁ……色々と急ぎすぎたかな」
男が消え去った虚無の方角を見つめ、アルは漆黒の髪をくしゃりと乱暴に乱しながら頭を抱える。
「神聖と闇魔法を同時に、それもこれほどの精度で使える奴なんて。見たことも、聞いたこともないよ……」
重いため息を吐きながら、吸血鬼の真祖は不穏な雲が流れる夜空を、一人静かに見上げるのだった。




