3章-71.砂上の賭け、狂愛の服従
荒い息を切らし、肩を激しく上下させながら、グレンは砂浜にうずくまるヴィルを見下ろした。
「状況は分からないが……お前の負けだ。少しでも動けば容赦しない」
抵抗を封じるように、グレンはまばゆく輝く女神の槍の切っ先を、ヴィルの細い首筋へとピタリと当てる。
あと少し踏み込めば命を奪えるその光景に、私は慌てて二人の間へと割って入った。
「待って、グレン。彼と話をさせてほしいの」
「ルナリア……?」
怪訝に眉をひそめるグレンを制し、私はヴィルの目の前までゆっくりと歩みを進めた。
ヴィルは苦しげに胸を押さえたまま、私に向けて視線を上げてくる。
「ヴィル、私はあなたが……心の底から悪い人には見えない。ちゃんと話し合えば分かり合えると思っているの」
私が語りかけても、ヴィルは何も言わず、感情の読めない黒い瞳を私に向け続けていた。
私は一度だけ深呼吸をし、賭けとなる言葉を口にする。
「あなたが私と一緒にいたいと望むなら……こちらに来て。私達の仲間になってくれない?」
「ル、ルナリア!? 何を言っているんだ!?」
すぐ横にいたグレンが、息を呑んだように私を見ていた。
「俺に組織を裏切れというのか」
「……そういうことになるわ」
ヴィルの確認に対し、私は迷いなく見つめ返してうなずいた。
これはあまりにも無謀な賭けだ。
私には彼のシナリオに関する前世の記憶がない。
けれど、彼がゲームの重要人物である以上、このまま敵対し続けるのは全滅エンドの引き金になりかねない危険な選択だと本能が告げている。
「ヴィルは……誰も自分を愛してくれないその孤独な組織に、一生いたいと思っているの?」
「それ、は……」
私の問いかけに、ヴィルは初めて言葉を詰まらせた。
「あなたが、今の孤独な状況から抜け出したいと少しでも思っているのなら……この手を取って欲しい。絶対に……あなたを後悔させないから」
砂浜に膝をつく彼へと、私は迷いなくその手を差し伸べた。
「ルナリア、私は反対だ……。彼はエリオスを狙った暗殺組織の一味。そんな男を身内の懐に引き入れるなど、あまりにも危険すぎる!」
「その男の言う通りだ。ルナリア、その判断は正気ではない。……何を考えている」
グレンだけでなく、命を救われる側であるはずのヴィルすらも、私の突拍子もない提案に戸惑いを隠せないようだった。
けれど、私の心は少しも揺らがなかった。
「私の目的は……全員、私の手で無事に守り抜くこと。それだけよ。あなたも含めてね」
静寂に包まれた夜の砂浜に、引いては返す波の音だけが穏やかに響き渡る。
ヴィルは悩むようにしばらく視線を砂へと落としていた。
やがて何かを決意したように顔を上げ、私の瞳を見つめ返した。
「……わかった。ただし条件がある」
「……? 私にできることであれば……」
どんな難しい条件を突きつけられるかと身構えた私に対し、ヴィルは真剣な表情で告げる。
「君に……愛されたい。その方法を教えて欲しい」
「え!? あ、友達としてなら、いくらでも……?」
あまりの直球な愛の要求に、私はうまく言葉が出てこなくなる。
「……ルナリア。すまない、やはりこいつの首を……」
「ま、待ってグレン! 異性としてじゃないから! お願いだから落ち着いて!」
グレンの嫉妬と殺意を感じ、私は慌てて首を振る。
しかし、グレンの殺気などどこ吹く風といった様子で、ヴィルは砂浜からゆっくりと立ち上がり、私の差し出していた手を包み込んだ。
そして、私の指先へと、誓いを立てる騎士のように口づけをそっと落とした。
「う!?」
「組織は抜ける。……君に愛されるために、俺は俺のすべてを捨てよう」
「お前……今すぐその手を離せ……さもなくば……!」
「友達! 友達としてね!? グ、グレン、お願いだから槍を下げてあげて!」
今にも女神の槍を振るいそうな本気の怒りを感じながら、私は必死に言葉を重ねてグレンをなだめる。
そこへ、場の空気を読んでいないかのようにエリオスがとことこと歩いてきた。
「ねえ、パパ」
「エリオス、すまないが後にしてくれ。今取り込み中だから……」
「どうして神聖魔法の力つかってないの?」
「……ん? どういうことだ?」
思いがけない指摘に、グレンが怒りを忘れて目を瞬かせた。
「パパの神聖魔法。なにも感じない。まだ神様にたのんでないの?」
「……神?」
「うん! 神様から力をもらえる。だから神聖魔法は特別なんだよ!」
自らの槍を見つめ、エリオスの無邪気な言葉に困惑を浮かべるグレン。
エリオスの言葉の真意は今の私にも分からないが、とりあえずこの一触即発の事態からグレンの気をそらすことができたのは不幸中の幸いだった。
「とりあえず……早く高台の屋敷に帰りましょう? これからのことは、戻ってから安全な場所で話した方がいいわ」
私は規則正しい波音を聞きながら、どうにかこの場が落ち着いたことに胸を撫で下ろしていた。
闇に紛れた遠くから、もうひとつの目が、じっとこちらに向いているとも知らずに。




