3章-70.エリオスが見る魂の輝き、砂浜に迫る紫の影(□)
グレンは腕の力を緩め、体を離しながらエリオスへと真剣な視線を向けた。
「それにしてもエリオス……。ルナリアを助けたいというお前の勇敢な気持ちは嬉しいが、だからといってたった一人で飛び出すのはあまりにも危険だ。もう二度としてはいけないよ」
「でも、ママの魂が急に遠くに行って、見えなくなっちゃったんだもん! ママがいなくなるの嫌!」
グレンの厳しい教えに、エリオスは涙をいっぱいに溜めた金色の瞳を揺らしながら言葉を返した。
「魂……? ただ姿が見えなくなったんじゃなくて、魂が見えなくなった、と言うの……? エリオスの目はとても不思議なのね……」
生命の根源である「魂」そのものを見つめる力。
竜人の神秘に触れた気がして、私は驚きに目を見張る。
「とにかく、二人が無事で何よりだ。いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。アルを呼び戻し、周囲を捜索している騎士団の精鋭たちと合流して、すぐに高台の屋敷に戻ろう」
グレンが私達を導こうと振り返った、まさにその瞬間だった。
どろりとした、肌にまとわりつくようなあの闇のプレッシャーが走る。
心地よかったはずの潮風が一瞬で凍りついていく。
(この闇の魔力は……!)
グレンの向こう側、暗黒が広がる夜闇へと視線を向ける。
「やはり追ってきたか……」
同じく禍々しい殺気を完全に感知したグレンが、砂を踏み締めて毅然と立ちはだかる。
私とエリオスを背後に庇うようにして、彼の全身からまばゆい神聖な光が吹き荒れる。
グレンが右手を力強く突き出すと、光の粒子が編み合わされるようにして『女神の槍』が顕現した。
「……見つけた。ルナリア」
夜闇を溶かしたような夜気の中から、黒い魔力をまとって、揺らめくように紫色の影が現れる。
打ち寄せる波の音が響く中、その手にはすでに、青白く煌めく銀の剣が握られていた。
「ヴィル……っ」
私はエリオスを守るように抱きしめながら、恐怖で息を詰まらせる。
「……村で襲ってきた者だな」
仮面を外した状態だが、ヴィルが纏う異質な気配から、グレンは宿での襲撃者だと察したようだ。
ヴィルは自分を阻むように立ち塞がるグレンの様子を冷ややかに見た後、私に視線を戻す。
その双眸には、私を引きずり込もうとする凍てついた炎が宿っていた。
「ルナリア。こちらへ来い。……君を巻き込みたくない」
ヴィルは、優しく私のほうへ手を差し伸べてくる。
その白い手を見つめながら、私は首を振った。
「私の大切な人達を傷つけようとする限り、私はあなたと一緒にいられない……。その剣をおさめて!」
ヴィルの目が、すべての感情を削ぎ落としたかのように細められる。
「そうか……こいつがルナリアを惑わせる人間か。ちょうどいい」
そう呟いた直後。
夜の砂浜の静寂を切り裂き、一筋の紫の影が凄まじい勢いで疾駆する。
「——!」
迎え撃つグレンの放った純白の槍が、眼前に迫る黒い魔力を弾き飛ばした。
金属と魔力が激しくぶつかり合う音が、夜の海へと木霊する。
「こいつを殺せば……ルナリアは、俺だけのものだ」
ヴィルの口から放たれるのは、明確な殺意。
それは、目の前のグレンへとすべて向けられている。
「事情は分からないが……お前などにルナリアを渡さない! こちらも……殺す気でいかせてもらう!」
グレンもまた、一歩も引かない覚悟をみなぎらせる。
ヴィルの驚異的な速度に負けないほどの神速で、グレンは女神の槍を薙ぎ払った。
黒と白。
相反する二つの魔力が波打ち、足元の砂を派手に巻き上げながら、激しい火花を散らして衝突を繰り返す。
(二人の動きが速すぎて、これじゃ影魔法の照準が定まらない……!)
気が急く私に対し、腕の中のエリオスが小さな手で私の服をぎゅっと握りしめた。
「だいじょうぶだよ、ママ。パパはまけない!」
「エリオス……?」
「闇の魔力の弱点は『光』だもん。神聖魔法なら、闇の魔力にぜったいかてるよ!」
エリオスのその頼もしい言葉を聞いた瞬間、私は衝撃とともに気づく。
(ヴィルはゲームのパッケージにいた主要キャラクター。……ここで殺し合いになるのは、きっといけない……!)
彼の情報は、私の前世の記憶にほとんどない。
けれど、攻略対象である以上、きっと彼にもこれからの物語において何か大切な役割があるはずだ。
もしもここで、万が一にでもヴィルが命を落とすようなことがあれば、私が最も恐れる全滅エンドの引き金になってしまう可能性がある。
「どうしよう……二人を止めないと……!」
焦燥感に駆られて叫んだ私に、エリオスが不思議そうに首をかしげる。
「どうして?」
「えっと……二人とも、どちらにも死んでほしくないからで……!」
「わかった!」
エリオスがそう答えた、まさにその瞬間だった。
グレンの放った一撃が、ヴィルの持つ銀の剣を力強く叩き、空中へと派手に弾き飛ばした。
「……っく……」
武器を失い、一瞬の隙が生じたヴィルを見逃さず、グレンが砂浜に足を踏み込む。
「悪く思うな……!」
グレンが手にした女神の槍を、ヴィルの剥き出しの胸元に向けて刺突させた。
「……!」
凄まじい衝撃音が響き渡り、私は恐怖で息を飲む。
最悪の結末が頭をよぎった。
しかし、私の腕の中でエリオスがにっこりと無邪気に笑う。
「衝撃だけ殺す盾をつくったよ! 神聖は消せないから、たぶんとっても痛いけど……生きてると思う!」
驚いて私が視線を戦場へと戻すと、そこには砂浜に片膝をつき、胸に手を当てて苦しげにうずくまるヴィルの姿があった。
神聖魔力によるダメージで動けないようだが、エリオスの不思議な魔法のおかげで、血を流している様子はどこにもない。




