3章-74.暗殺者達のアジト、女神の槍の謎
ヴィルを私から力ずくで引き剥がし、グレンは私を守るようにその大きな背中の後ろへと庇ってくれた。
私を背後に隠したまま、グレンはヴィルをじっと睨みつける。
「ルナリア、この男には近づくな。……君に何かあれば、私はこの男をきっと殺してしまう」
その言葉には、嫉妬以上に私を守りたいという彼の意思が感じられた。
しかし、対するヴィルも怯む様子は微塵もなく、感情の薄い瞳でグレンを見つめ返す。
「やってみろ。先ほどは遅れを取ったが、次は……」
「はいはい、今喧嘩している場合じゃないでしょ。私情は後にして、まずは話を進めようよ」
一触即発の空気をおさめながら、アルがやれやれと両手を振って二人の間に割って入った。
私達の様子を静かに見守っていたフィン公爵は、事態の深刻さを噛み締めるように、深く息を吐き出した。
「そこの男……ヴィルが裏切ったことはすぐにでも敵方に伝わるだろう。奴らが対策を講じる前に、動くのなら早いほうがいい。敵の本拠地はどこだ?」
「……南の船着き場にある船の中だ。旅客船に偽装してある」
公爵の問いかけに、ヴィルは迷うことなく、淡々と事実を口にしていく。
「敵の数はどの程度で、どのくらいの手練れがいるの?」
私が思わず一歩前に出て問いかけると、ヴィルは私にだけはほのかな熱を瞳に宿して答える。
「四十人ほどだ。俺達の組織全員がそこにいる。……頭領を除けば、その中では俺が最も強かった」
「ねえ、俺が戦った頭領もそこにいるの?」
アルの質問に、ヴィルは小さく首を横に振った。
「いないだろうな。頭領はいつも指令だけ伝えて、いつの間にか消える」
「……一応聞いておくが、お前は一度目のエリオス殺しに関与しているのか?」
グレンは不信感を露わにしながら、再び厳しく問い詰める。
それをさらりと受け流しながら、ヴィルは言葉を続けた。
「竜人を殺したのは頭領だ。頭領自身がこんなにも動いた案件は……今回が初めてと言っていい」
「……その頭領というのは、どのくらい強いの?」
光と闇の相反する魔法を操り、アルに傷を負わせた男。
そのあまりにも規格外な存在に、私は背筋が寒くなるのを覚えながら尋ねた。
「頭領は俺の育ての親で、暗殺技術、魔法の師でもある。……訓練の最中に本気で殺そうとしたことがあったが、手も足も出なかった」
決して弱くはないであろうヴィルをあしらうほどの存在。
彼の言葉からは、頭領という存在の底知れない強さが伝わってきた。
「まあ、相当強いだろうね。……もし頭領が現れたら俺が担当するよ。次は必ずぶっ飛ばすから」
アルは不敵な笑みを浮かべて、自らの役割を買って出る。
「アル、吸血鬼は神聖が弱点なのだろう? ひとりで挑むのは危険だ。その時は私も一緒に戦おう」
「まあ女神の槍があれば、戦術の幅は広がるけどね……。あの頭領はかなり強かったから、正直ちょっと心配だな」
アルの言葉を聞き、グレンはふと何かを思い至ったように顔を上げた。
「そうだ。アル、女神の槍について知りたいことがあるんだ。アルはかつて女神の槍を持った先祖と共に戦ったのだろう? 女神の槍の本当の能力について、何か知らないか?」
「女神の槍の本当の能力……? いや、聞いたことないな。フィンは知ってる?」
話を振られたフィン公爵は、少し思案するように視線を落としながらも首を振った。
「公爵家にも詳細な伝聞はないな。ただ、来たるべき災厄と戦うための大いなる力があるのだと聞いている」
グレンはそこで一度言葉を区切り、エリオスへと視線を移した。
「エリオス、今後の戦闘のために聞いておきたいのだが……女神の槍の本当の能力とは何なんだ?」
エリオスは少し悩むように首をかしげるも、すぐにいつもの無邪気な満面の笑顔を浮かべた。
「えっとね……わからない。でもね、神聖魔法には運命をかえるくらいの力があるの。パパなら絶対にみつけられるよ!」
「運命を……」
エリオスの濁りのない信頼に満ちた笑顔を前にして、グレンは自身の手を静かに見つめる。
災厄、そして運命という言葉。
突如として湧き上がった女神の槍の存在が、私の心の奥底に楔を打ち込むように響いた。
「女神の槍については、公爵家の方でも調べておこう。……これより、暗殺者のアジトに襲撃をかける。先鋒はアルとヴィル。グレンも可能なら加われ」
「もちろんです、父上。今日、エリオスを狙う組織を壊滅させましょう」
グレンは力強く頷き、その拳を固く握りしめる。
「エリオス王子殿下とルナリア嬢は、こちらの屋敷に待機してもらおう。王宮騎士団の守りを固める」
「はい、わかりまし……」
私が返事をしかけたその瞬間、ヴィルの感情の起伏がない声が響いた。
「ルナリアが残るのなら、俺もここにいる。……そこの王子が暗殺組織の狙いだからな。王宮騎士団程度では守りきれないだろう」
「な……お前とルナリア、エリオスだけにするわけないだろう!」
グレンが慌てたようにヴィルに詰め寄る。
元暗殺者への根深い不信と剥き出しの拒絶が、グレンの全身にありありと出ていた。
「んーでも、ヴィルだっけ。そいつの言うことも一理ある。ここにルナリアとエリオスを残して、敵の別部隊に強襲されると確かに危ない。でも、まだ信頼しきれてないヴィルをここに残すのもまずい」
アルはあごに手を当て、双方のリスクを天秤へかけるように分析する。
「では、どうしろというんだ……!」
打つ手のないもどかしさに、グレンは声を荒らげた。
重い沈黙が場に落ちる。
フィン公爵はその重さを一身に引き受けるように口を開く。
「では、船から見える位置に、王宮騎士団とともに二人を待機させよう。それならお互いの状況が把握できる。これで問題ないだろう」
「……わかった」
自分の目の届く範囲に置いておけると判断したのか、ヴィルは渋々とだがうなずいた。
作戦の方針が決まると、アルは真紅の瞳を細めてヴィルへと一歩歩み寄る。
「ヴィル。元味方を襲うのにためらったり、おかしな動きを少しでも見せたら、その場で吹き飛ばすから。覚悟しておいてよね」
「別に暗殺組織に未練などない。それに、お前らはともかく組織壊滅はルナリアを守ることにもつながる。全力を尽くすつもりだ」
ヴィルはアルの脅しを淡々と受け流し、迷いのない声で言い切る。
彼にとってかつての仲間など最初からどうでもよく、行動の基準のすべては私にあるのだと告げているようだった。
ヴィルは、二人の間に立ち塞がるグレンの肩越しに私の方を見つめる。
「ルナリア、君は俺が守る。何も心配することはない」
ヴィルは周囲の冷ややかな反応など眼中にないといった様子で、私に向けて穏やかにそう告げた。
その瞳の奥には、彼がすべてを捨ててこちら側へ来ると決めた理由が色濃く宿っている。
「あ、ありがとう……。でも、私だけではなく、みんなのことも一緒に守ってくれるとうれしいわ。お願いできる?」
彼の熱意に少し圧倒されながらも、私は自らを気遣ってくれたことへの感謝を伝える。
私の言葉を聞いたヴィルは、少しだけ視線を逸らした後、小さくうなずく。
「……君の頼みなら」
「お前に守ってもらう必要はないし、ルナリアは私が守る」
そのやり取りを断ち切るように、グレンが間に割り込んだ。
ヴィルに対する強い対抗心を隠そうともせず、彼は私の前に立ち塞がる。
グレンはそのまま、私の右手を愛おしそうに、そして誰にも渡さないと主張するようにぎゅっと握りしめた。
「グレン……」
彼の大きな手から伝わってくる体温は、緊張していた私の心を少しだけ解きほぐしてくれる。
しかし、その様子をすぐ近くで見ていたヴィルは、あからさまに面白くなさそうな眼差しでグレンの手元をじっと見つめていた。
いつ火花が散ってもおかしくない空気を玄関ホールに残しながらも、ついに暗殺組織の本拠地へと赴く襲撃の夜は深まっていくのだった。




