3章-68.裏目になってしまった言葉、決死の脱出
「ヴィル……。ごめんなさい。私は……あなたの気持ちにはきっと、本当の意味で寄り添うことはできないわ」
私は手首の鎖の重みに耐えながら、彼の仮面の奥を見据えて告げた。
ヴィルの指先が、私の言葉を拒むように力が込められる。
「そんなはずはない……ルナリア、君だって自身の中に眠る忌むべき闇の魔力に絶望したことがあっただろう」
「……そうね。否定はしないわ。この力がなければって思い詰めたこともあった」
全滅エンドのフラグ。
闇の魔力で大切な人を殺すかもしれない運命に、私は何度も押し潰されそうになった。
その苦しみだけは、ヴィルと同じだったかもしれない。
「でも、私は孤独を感じたことは一度だってない。たとえ私が闇属性をもっていようとも、すべてを受け入れて愛してくれる、大好きな人達に囲まれて幸せで満たされているわ。……その人達のためなら、自分の命だって少しも惜しくないと思えるくらいに」
自身を勇気づけるように、大切な彼らの笑顔を思い浮かべた。
その強い想いが私に力を与え、恐怖を消し去っていく。
「でも……だからこそ、今のあなたに言えるのよ。ヴィルを心の底から理解し、受け止めてくれる人は、この世界のどこかにきっといる。同じ闇属性持ちの私が、こうして愛されて生きているのだから絶対に間違いないわ」
私は、同じように自身の力に絶望する彼に、できるだけ優しく微笑みかける。
「だから、こんな恐ろしいことはもうやめて。闇の魔力に負けずに、一緒に立ち向かいましょう。あなたの抱える苦しみを理解することはできないけれど……私だって、力にはなれると思うから」
これ以上、エリオスを、そしてみんなを傷つけさせないために。
私はヴィルの孤独を否定せず、けれど彼の歪んだ牙を収めさせるために救いの手を差し伸べた。
「ルナリアは……優しくて、どこまでも美しい心の持ち主なんだな。やはり君は、俺が思った通りの特別な同族だ」
私の説得を聞き終えたヴィルは、震えながら吐息を漏らす。
「私は……優しくなんかないわ。でも、もし今の私を優しいと思ってくれるのだとしたら、それは私を無条件で支え、愛してくれる周りの人達のおかげよ」
「だったら——その邪魔なすべてを俺の手で全部奪おう」
「……え……」
冷たい殺気を混じえたヴィルの言葉に、私の体が一瞬で凍りつく。
「君を幸せにするすべてを、君を引き留める連中を……一人残らず、全員殺す。そうして君の周囲から光を消し去り、同じ孤独に落ちれば……君はきっと、世界で唯一の同胞である俺だけを、その瞳で見てくれるだろう?」
「な、何を言っているの!? そんな……そんなこと、絶対に許さない!」
私は激しい戦慄を覚えて叫んだ。
しかし、ヴィルは激昂する私を気にすることなく、指先を私の喉元へと這わせた。
「今、言葉を交わして確信した。ルナリア、君は俺の人生に現れた唯一無二の運命の人だ。……もう何があろうと、絶対に離さない」
皮膚を滑る指先のゾッとするような冷たさと、そこに込められた絶対的な執着。
ヴィルは、私の喉をゆっくりとなぞりながら、恋い焦がれるような声音でそう宣告する。
(私の言葉が完全に裏目になって、彼の狂気を加速させてしまった……! どうにかして、今すぐここから抜け出さないと、本当にみんなが殺されてしまう……っ)
焦燥が全身を焼くような感覚の中で、ひたすら活路を探し続ける。
私は震える手首を、わざと弱々しくヴィルの方へと差し出した。
「もし……本当にそう思うのなら……まずはこの鎖を外して。……さっきからずっと、肌に食い込んで痛くてたまらないの」
私の訴えに、ヴィルは少しだけためらうような素振りを見せた。
「……わかった」
私が本当に痛がっていると思ったのだろう。
彼は、懐から鍵を取り出し、私の右手首の鎖へとかざした。
その直後、パキンと甲高い音を立てて白い鎖が弾け飛んだ。
魔力を縛っていた光の呪縛が消え去り、体内へと一気に活力が満ちていく。
「……ごめんなさい!」
鎖がなくなった隙を突き、私は全身の魔力を込めて自身の影魔法を即座に展開した。
船内に落ちる闇が、ヴィルの足元を床へと強固に縫い止める。
「……! ルナリア……!」
ヴィルが拘束に目を見開いた一瞬の間。
ベッドから飛び起きると、開け放たれたままだった部屋の扉を蹴破るようにして外へと飛び出した。
狭く薄暗い廊下をがむしゃらに疾走し、ただひたすらに外へ駆け出す。
「はぁ……はぁ……っ!」
乱れる息を吐き出しながらようやく外へと飛び出す。
そこは想像通り、激しい波が打ち寄せる船の甲板の上だった。
「どこかに、陸地へ降りられるようなところは……!」
周囲の状況を見渡そうとした、まさにその時だった。
音もなく背後に迫っていた力によって、私の視界が不意に反転する。
「うぐ!」
激しい衝撃とともに、乱暴に木製の甲板の上へと背中を押しつけられた。
打ち付けられた背中に痛みが走り、視界が明滅する。
「ルナリア……どこへも逃がさないと言ったはずだ」
私の身体の上に馬乗りになり、仮面の中から見下ろしてくるヴィルの瞳に、私の心臓が恐怖で凍りつく。
「離して! 私は、あなたのものになんて絶対にならない……!」
「だったら……心が付いてこないというのなら、体だけでも、俺のものにする」
ヴィルの大きくて冷たい手が、私のあごを覆い上を向かせた。
「いや……やめて……っ!」
必死に声をあげて抵抗する私を無視し、ヴィルはもう片方の手で自らの顔を覆っていた不気味な仮面を外した。
私は嫌悪感と恐ろしさから、反射的に目をつむってしまった。
彼の顔が私に近づいてくる気配に、抵抗することもできず身を震わせる。




