3章-65.抗えない強制力、鏡の向こういる悪役の結末
用意された部屋は、シンプルだけれど清潔感があった。
白い壁のところどころに、美しい貝殻などの海を思わせる調度品が静かに置かれており、涼しげな雰囲気を醸し出している。
「ふう……」
ベッドの端に腰を下ろし、私は重い溜息をひとつ零した。
連日の寝不足による疲労感もさることながら、今私の頭を激しく痛ませているのは『全滅エンド』のフラグのことだった。
「ちゃんと……うまくやれているのかしら……」
早まっているかもしれないシナリオの進行。
それが私の頭の中に、次々と暗い疑問を投げかけてくる。
(私は誰も殺そうなんて思っていない。みんなに生きて、幸せになってほしいだけ。なのに、全滅エンドのフラグだけはまるで逃れられない運命のように、決められていたかのように私達の前に現れる。もしかして……)
ゾクリと、体の奥底に冷たい悪寒が走る。
(私の意思なんて関係なく……世界の強制力によって、私がみんなを殺してしまう可能性もあるということ……?)
それに気づいてしまった瞬間、強烈な吐き気がせり上がってきた。
私は思わず口元を手のひらで押さえ、激しい目まいを耐えるように身をかがめる。
(絶対に進行するというシナリオの強制力……もしも、抗いようのないそんな力が本当に存在するのだとしたら……!?)
押し潰されそうな恐怖感。
誰かに助けを求めるように、私は一番最初に心に浮かんだ大切な人の名前を小さくつぶやいていた。
「グレン……っ」
まぶたを閉じれば、ベッドの上で至近距離のまま交わされた熱い視線が蘇る。
私を強く抱きしめてくれた彼の体温や、額に落とされたあの優しくも切ない口づけの熱が、今でも残っているかのように愛おしい。
(婚約を断って距離をとればいいのに……いつも……どうしても、私はグレンを拒絶することができない……)
彼の手を跳ね除けられない理由は、きっと哀れなほどに単純だ。
「私は……グレンのこと……」
そこから先は、口に含んだだけで壊れてしまいそうな、決して言葉に出してはいけない気持ちだ。
(……ネガティブになっちゃだめ。少しでも……どれほどシナリオの強制力が強大であっても、みんなを生存させるための方法を、私が死に物狂いで見つけないと)
深く息を吐き出し、私は両手で自分の頬を叩いて無理やり思考を切り替えた。
沈んでいる暇なんてないのだ。
(私がみんなにとっての厄災となる……。これはもう、最悪の前提で考えてみよう。問題は、私が彼らを何かしらの方法で殺してしまう未来……それを回避する方法……)
そこまで思考を巡らせたとき、ふと頭の中に別の疑問が思い浮かぶ。
(あれ、でも待って……。全員生存エンドが存在するっていうことは、そのルートの最後には『悪役』を打ち倒す未来があるのよね……それってつまり……)
私は吸い寄せられるようにふらふらと立ち上がり、部屋の隅にある鏡台へ両手をついた。
そして、自分の視線を上げる。
鏡の向こうには、恐怖に青ざめ、絶望に瞳を揺らす一人の悪役令嬢の姿が映し出されていた。
「全員生存エンドの場合……私は……?」
それに呼応するように、前世の真っ白の世界が再び蘇った。
◇
「悪役令嬢は最後どうなるかって? もちろん生存エンドなら、厄災として倒されるよ!」
「まあでも……きっと、全滅エンドでもきっと」
「結果的には……死ぬんだろうね」
◇
「う……!」
頭をおさえて、前世の記憶とともに生じた痛みに耐える。
いつも状況に合わせたかのように呼びかけてくる、前世の記憶が心をさいなむ。
(シナリオ通りに進むのなら……自分の意志と関係なく、私は彼らを殺そうとする)
私がどう動こうと、物語は決められた場所へ流れ着くのだとしたら。
(そして前世の記憶通りなら、私の結末はきっと……)
絶望と恐怖が、心の中を滑り落ちていく。
しかし、私はそれを握りつぶすように前を向いた。
(なら、私にできることはもう、一つだけ。みんなの命を奪おうとする全滅フラグを、今いない主人公に代わって私の手で一本ずつ折っていけばいい。そして最終的に……)
脳裏に浮かぶのは、大切な人たちの笑顔。
私を愛してくれるグレン。
優しく頼もしいアル。
私を母親と思ってくれる可愛いエリオス。
(みんなが私を打ち倒せる結末に、この物語を導かなきゃ)




