3章-61.公爵家からの手紙、来訪する国家の盾
激しい襲撃から数時間。
幸いにもその後、新たな追っ手が宿を強襲することはなく、窓の外からはゆっくりと夜明けの光が差し込んできた。
暖かな光が室内を満たしていく中、ノックの音が私たちの部屋に響く。
「おはよう……って言っても、あんまり寝れてないよね」
扉を開けて入ってきたアルが、私達の顔を見て苦笑気味に声をかけてきた。
「アル……そうね。しっかり寝たほうがいいのは頭では分かっていたのだけど」
「……あの夜の後ではな……。とてもではないが、眠れるような心境にはなれなかった」
グレンが、少し疲れたような声で同意する。
ベッドですやすやと寝息を立てているエリオスの横で、私はすでに完璧に身支度を整えて椅子に腰掛けていた。
グレンも少しだけ横になっていたが、夜明け前には起きて準備を済ませていた。
「吸血鬼の俺と違って、君ら人間はちゃんと寝ないと体調に響くんだから。ここを出発したら、馬車での移動時間に少しでも体を休めなよ」
「ああ、気遣いすまない。……それで、もう出発するか? 馬車の手配は終わっているのだろう」
グレンが椅子から立ち上がりながら尋ねると、アルは少しだけ表情を曇らせた。
「……その予定だったんだけどね」
アルは困ったように微笑みながら、手に持っていた一通の手紙を私たちに掲げた。
「それは……フォーサイス公爵家の紋章が押されているな。父上からか?」
グレンが蝋印を見つめながら尋ねる。
アルは小さくうなずき、封書を手の中でくるりと返しながら口を開いた。
「今しがた、公爵邸からの早文が届いたんだ。どうやら王宮騎士団の精鋭を引き連れて、もうしばらくしたら公爵様自らがこの村にいらっしゃるそうだよ」
「な……父上と……王宮騎士団も!? わざわざ父上が、直々に王宮の戦力を動かしてここまで来るというのか」
グレンは言葉を失ったように、瞬きすら忘れたように手紙を見つめていた。
フォーサイス公爵家は国の重鎮。
その当主が王宮騎士団の精鋭を伴って直々に動くなど、身元不明の幼児の保護というレベルでは到底あり得ない異常事態だった。
「詳細は公爵様がこちらに着いてから直々に話すらしいけれど。これはいよいよ、ただ事じゃなくなってきたね」
「それはつまり……単なる竜人の保護というわけではなく、国家規模の話ということ?」
想像もつかないほど膨らんでいく話の輪郭。
私は胸の奥が冷えるような予感を振り払えないまま、答えを求めるようにアルを見つめた。
「……かもしれないね」
アルは青の瞳を窓の外へと向け、重みを含んだ声でつぶやく。
「ふわあ……パパ、ママ……おはよう……」
室内の空気をふわりとほぐすかのように、ベッドの中から小さな可愛らしいあくびの音が聞こえてきた。
エリオスが小さな手で目をこすりながら、もぞもぞとシーツから出てきた。
まだ眠たげな金色の瞳をパチパチとさせながら、私達を見つめている。
「エリオス、おはよう。よく眠れたかい?」
グレンの表情が、ふっと父親のように柔らかくほどけた。
ベッドへ歩み寄り、エリオスの銀髪を優しく大きな手で撫でる。
「うん! いっぱい寝た!」
エリオスは、元気いっぱいに満面の笑みを咲かせた。
昨夜、あれほど恐ろしい暗殺者に襲われ、古代魔法を使ったとは思えない無邪気な姿だ。
「……でも、王宮騎士団の精鋭が直々に動いて守ってくれるのなら、私達にとっては心強いわね」
王国の誇る最高峰の戦力が護衛に加わるのであれば、あの凄腕相手でも簡単には遅れを取らないはずだ。
私はエリオスの屈託のない笑顔にほっと息をついてから、アルへ視線を戻した。
「まあ、そうとも言えるかな。ただ、吸血鬼の俺的には、監視や人目が増えて余計に動きにくくなっちゃうんだけどね」
アルは肩をすくめ、やれやれとため息をついた。
その時——。
宿屋の閉ざされた窓の向こう、外の街道の方から、複数の馬車が地面を激しく叩く地響きのような音が響いてきた。
それに続くようにして、村人達のざわめきが二階のこの部屋にまで伝わってくる。
「お、どうやらお出ましになったようだ。それじゃ、俺達も迎えに行こうか」
アルは窓の外へチラリと視線を向けた後、私達をうながすように部屋の扉へと手をかけるのだった。




