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【完結】悪役令嬢は全員生存エンドを目指す【10/4番外編追加】  作者: しのギドラ
一章「公爵令息と悪役令嬢の婚約編」
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1章-6. 彼が恋に落ちた最初のきっかけ、アルの問いかけ

 夕暮れに照らされた彼の手のひら。

 そこには、およそ大貴族の御曹司には似つかわしくない、無数の微細な傷。


(……これって……)


 武器を幾度となく握り締め、手の皮を擦り切らせながら修練を重ねてきた証。

 痛みに耐えてきたに違いない、努力の痕跡だ。


「グレンも……たくさん、訓練をしているのね」


 ぽつりとこぼれ落ちた私の言葉。

 それに、グレンは意外そうに自分の手のひらを見つめる。


「ああ……これか……」


 この世界において、彼は誰もが羨む圧倒的な神童だ。

 けれど、苦労せずにその座にいるわけではないことを、彼の手が物語っていた。


「私のこんな訓練なんて、君が日々耐えてきた苦労や、今日見せたあの強い決意に比べれば……気にするほどのことじゃないさ」


「そんなこと……っ」


「私の努力など、求められる水準にはまだまだ足りないくらいだよ。……現に、同い年であるはずのアルは私よりも遥かに強く、精神的にもずっと大人びている」


「それは、アルが特殊なんだと思うわ……。あんなに落ち着いていて、技量のある子どもなんて見たことないもの」


「そうかもしれない。だが彼は時折、父上から直々に実務の仕事を任せられていることもあるくらいに、周囲から信頼されている。……正直、悔しい」


 私は一瞬言葉に詰まり、それから必死に言葉を探した。


「グレンとアルは違う人間よ。他の人と比べる必要なんてない」


「それは、そうなんだけれども……ね」


 私の必死な言葉に、グレンは困ったように眉を下げて微笑んだ。


「——守られているだけなのは、嫌なんだ」


 その声は、私のものとは比べものにならないほどの決意に満ちていた。


「私はフォーサイス公爵家の人間だ。いつか、この国を背負う人々を守る盾にならなければいけない。それなのに……周りの力に守られてばかりいる。そんな自分に、私はずっと腹が立っていたんだ」


 グレンはぎゅっと、傷だらけの手を握りしめた。


「私はアル以上に強くなりたい。彼に守られる主君ではなく、お互いに背中を預け合えるくらいの存在になりたいんだ」


 ドクン、と胸の奥が跳ねる。


(ああ、やっぱり、この人は……)


 ゲームのキャラクターという、画面の向こうの存在ではない。

 熱と血が通った一人の人間。

 私が絶対に穢してはいけない、尊い存在なのだ。


「グレンなら、きっとなれるわ」


 少しだけためらいながらも、私は彼の手をそっと両手で包み込んでいた。


「あなたなら、アルと並んで立てる日がくる。私も、『闇』に絶対に負けないって約束する。あなたのためにも……私、がんばるわ」


「ルナリア……」


 私の突然の宣言に、グレンは驚いたようにその緑の瞳を大きく揺らした。

 グレンの張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けるのが分かった。


「君は……強いな、ルナリア。……本当にあの日、君の異変に気づけてよかった」


「グレン……?」


 彼の言葉の響きに、どこか特別な意味が含まれているような気がして、私は思わず彼の顔を見上げた。


「あ、いや……なんでもないんだ。すまない、少し変なことを言った」


 私の視線に気づいたグレンは、ハッと我に返ったように頬を微かに染め、慌てて視線を斜め下へと逸らした。


 彼は照れ隠しをするように、もう一度私の目を見つめ直すと、力強くうなずいた。


「……ルナリア。これから、ともに頑張っていこう。君の隣には、いつだって私がいる」


「うん……。ありがとう、グレン」


 訓練場には、もう先ほどの重苦しい闇の気配は残っていなかった。

 窓から差し込む夕日が、私達の影を床の上に長く、ひとつに重ね合わせるようにして伸ばしている。


◇


 その次の日。

 私の滞在する医務室で、またしても午後の授業を堂々と抜け出したアルは、私の家庭教師をしてくれていた。


「——なるほど、この術式の展開はそう考えるのね。学園の先生の授業より、何倍も分かりやすい……」


「でしょ? 学校の先生って型にはまった教え方しかしないからね。要点さえ掴めば、座学なんていくらでもショートカットできるんだよ」


 彼の解説は驚くほど明瞭だ。

 私がずっと引っかかっていた難所を、まるでパズルを解くようにスラスラと導いてくれる。


「……そういえばさ、ルナリア嬢。君ってぶっちゃけ、グレンのことどう思ってるの?」

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