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悪役令嬢は全員生存エンドを目指す【完結】  作者: しのギドラ
三章「竜人と暗殺者編」
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3章-59.おとぎ話のような魔法、紫髪の暗殺者(□)

 銀光が収まり、激しく揺れていた視界がようやく焦点を結ぶ。

 辺りを見回すと、そこは先ほどまで私達がいた激戦の客室ではなかった。

 間違いなく宿屋の外だ。


「エリオス、今のは一体……?」


「転移魔法!」


「……転移魔法……?」


 エリオスの無邪気な答えに、私の思考は再び止まりかける。


 空間を歪めて、瞬時に別の場所へと移動する転移魔法。

 それは現代の魔法体系からは完全に失われた、それこそおとぎ話の中にしか登場しない神話級の大魔法のはずだ。


 困惑を覚えつつも、私はすぐに、それどころではない絶体絶命の状況を思い出す。


「エリオス、とりあえずどこかに隠れ——」


 そう口を開きかけた瞬間、ぞわりと背筋を突き抜けるような強烈な悪寒が走った。

 私は恐怖を必死に抑え込みながら、背後を振り返った。


 そこには、先ほど部屋を襲撃してきた男と全く同じ、不気味な仮面と黒いローブを纏った姿。

 ただ一点だけ違っていたのは、フードの隙間から、月光を浴びて妖しく揺れる紫色の髪が覗いていることだった。


「新手……!?」


 男の右手には、殺意を映し出すかのように、冷たく煌めく銀の剣が握られていた。


「ママ……?」


「エリオス、私から絶対に離れないで……!」


 不安げに私を見上げるエリオスを、私は決して離さないように抱きしめた。

 アルもグレンもいない今、私がこの子を守るしかない。

 影魔法で一瞬でも男の足止めに成功させれば、この夜闇に乗じて逃げ切れるはず。


 そう覚悟を決めて魔力を練ろうとした瞬間。

 私が瞬きをした一瞬の隙に、目の前にいたはずの男の姿が完全に消えた。


「え……!」


 慌てて男の姿を探そうと視線を巡らせようとした、その直後。

 頭上から冷たい風が吹き下ろし、目の前に突然黒いローブが舞い降りてきた。


 男は仮面の奥の冷酷な視線を私へと向け、手にした銀閃を迷いなく振り下ろした。


「……っ!」


 私は自分を盾にして、エリオスを全力で抱きしめて目をつむった。


 けれど——。


 いつまで経っても、刃が身体を貫く痛みも、衝撃もやってこなかった。


 静まり返った夜の闇のなか、私はおそるおそる閉じていた目を開け、顔を上げた。


 男は私を見つめたまま、銀の剣を不自然に硬直させて動きを止めていた。

 仮面の奥の黒の瞳が、信じられないものを見たかのように見開かれているのが分かる。


「……やっと……見つけた……」


「え……?」


 男の唇から、震えるようなつぶやきが漏れ出た。

 それは、先ほどの殺意からは想像もつかないほど、どこか切なさをはらんでいた。


 男は銀の剣を静かに下ろす。

 そして今度はもう一方の手を、私に向けて伸ばしてきた。


「——ルナリア!」


 叫び声とともに、純白の光が激しく夜闇を切り裂き、私の目の前にいた紫髪の男を薙ぎ払った。

 男は素早く後方へと飛び退き、その一閃を紙一重でかわしてみせる。


「大丈夫か……!」


「グレン! 良かった……あなたも無事だったのね」


 息を荒くしながら私の前に立ちはだかったグレンの姿を見て、私は張り詰めていた緊張が一気に解けそうになる。


「ああ。ルナリア達が急に姿を消したのを見て、仮面の男も引き揚げていったんだ。慌てて君達の気配を追って外へ出てみれば……まだここにも追っ手がいたか」


 グレンは私とエリオスを背に庇いながら、輝く女神の槍を力強く構え直した。

 対する仮面の男は、手にした銀の剣を不気味に揺らめかせる。

 静寂をまとったまま、男が再び私達に飛びかかろうとした。


「——うちのお姫様達に手を出さないでくれる?」


 上空から冷たい声音が響いたかと思うと、目に見えない凄まじい圧力が大気を押し潰した。

 跳躍しようとした男の身体が、見えない質量に押し潰されたかのように、地面へと激しく叩きつけられる。


「アル……!」


「ごめん、待たせたね。外の雑魚どもに、ちょっと手こずっちゃったよ」


 夜闇の中から音もなく姿を現したアルは、右手を男へと静かにかざしたまま、仮面の男に視線を傾ける。


「さて、できるなら生け捕りにして、その仮面の裏の素性と目的を吐き出させたいところだけど……」


 アルがそう言った直後、異変が起きた。

 男の周囲の空間は完全に固定されていたはずだった。


 それにもかかわらず、男の身体から立ち上った禍々しい黒い魔力が、アルが放つ絶対的な圧力を力任せに薙ぎ払い、霧散させてしまったのだ。


「そんな……アルの空間制御が無効化された……!?」


「なるほどね。あいつも闇属性持ちか……。それなら……っ!」


 アルは即座に右手を横一線に激しく払った。

 その瞬間、男の足元の地面が、まるで内部から爆発したかのように激しい轟音とともに粉々に吹き飛んだ。


「どういうカラクリで無効化してるかは分からないけどさ。その力によって二次的に生じる『余波』までは、君のその便利な魔法でも防ぎきれないでしょ?」


 土煙の中、男は爆発の衝撃を利用するように跳躍し、宿の屋根へと軽々と着地した。

 彼は月光を背に浴びながら、じっと私たちの方を見下ろしてくる。


 その視線が、エリオスに向けられているのか、それとも私に向けられているのか分からなかった。


「…………必ず…………迎えに来る」


 口からこぼれ落ちたのは、執念に満ちた、震えるような低い声音。

 男はそれだけを言い残すと、漆黒のローブをひるがえし、夜闇の中へと融けるようにして消えていった。


「っく、逃すものか!」


 グレンが即座に追おうと地を蹴りかけたが、アルがその肩を片手で制した。


「待った。今は深追いするよりも、エリオスを守ることを最優先にすべきでしょ。それに、これほどの手練れだ。あえて誘い込んで、自分たちのテリトリーに引きずり込もうとしている可能性もある。追撃は危険だよ」


「……それもそうだな。しかし、これほどの襲撃を受けるとなると、やはりエリオスは何者かによって命を狙われていたということか……」


 グレンは無念そうに女神の槍を消滅させ、悔しげに手を握りしめた。


「しかも、かなり危険で厄介な連中にね。あの独特な魔法の性質といい、逃げ足の早さといい……まさかこの俺が、一匹も生け捕りできずに逃がしちゃうなんてね」


 アルが眼鏡をかけ直し、顔をしかめながらため息をつく。


 エリオスの命を狙う暗殺者集団。

 それは、私達の思っている以上に色濃く、不穏な影を伸ばしてきていた。

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