3章-56.グレンと同室で寝る夜、漏れ出た彼の本音(★)
一階の食堂で無事に夕食を済ませた私たちは、長旅の疲れを癒やすべく、今夜の寝床となる二階の自室へと向かって廊下を歩いていた。
グレンの腕の中では、お腹いっぱいになって再び眠りについたエリオスが、すやすやと寝息を立てている。
そんな中、先頭を歩いていたアルが、部屋の鍵を指先でもてあそびながら、思い出したかのように軽い調子で振り返った。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけど、君らの部屋は一緒にしといたからね」
「……え!?」
あまりにも唐突で衝撃的な宣告に、素っ頓狂な声をあげて立ち止まってしまった。
いくら仮の婚約者とはいえ、私達はまだ高等部に入学する前の年齢だ。
当然、これまでも部屋はきっちり別々に分かれていた。
「ア、アル……っ。いくら不測の事態とはいえ、婚前の女性と同室になるのは……公爵家の人間としても、一人の男としても、さすがに不作法が過ぎる……!」
グレンが顔を真っ赤に染め上げ、エリオスを落とさないように気をつけながら、大慌てでアルに詰め寄った。
「そんな堅苦しいこと言っている状況じゃないでしょ。いつどこから下手人が襲ってくるか分からないんだよ? バラバラの部屋にいる方が、いざってときに守りにくいし非効率的でしょ」
しかし、アルはそんなグレンの純情な抗議をあっさりと一蹴した。
その言葉には合理性と、私達を守ろうとする彼なりの配慮がにじんでいる。
「それはそうだが……!」
ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、グレンは言葉に詰まらせる。
アルの言う通り、今は命の危機が迫る非常事態。
私は高鳴る心臓を落ち着かせ、真っ赤になっているであろう顔をうつむかせながら口を開いた。
「わ、私は大丈夫だから……。その……二人きりじゃなくて、エリオスも一緒にいるわけだし!」
腕の中の幼子を盾にするような言い訳をしてしまう私に、グレンはハッと目を見開いた。
「あ、ああ。そうだな……。エリオスもいる! 怪しい者が忍び込まないよう、私は君達を守ることに集中しよう」
私の言葉に何とか自分を納得させたのか、グレンは何度も自分に言い聞かせるように頷いた。
それでも、私と視線が合うと、どこか気まずそうにふいっと顔を背けてしまう。
「じゃあ、俺は部屋の外の廊下にいるからさ。何かあったら、すぐに俺に声かけてね」
アルはいつものように手をひらひらとさせながら、私達を少しからかうように薄く笑う。
そして部屋へと入っていく私たちの背中を、面白そうに見送ったのだった。
部屋に備え付けられた更衣室の扉を開け、私は薄手のネグリジェ姿でそっと室外へと出た。
普段とは違う、肌を頼りなく覆うだけの格好に、どうしたって心臓が早く脈打ってしまう。
グレンは万が一の襲撃に備えて「いつでも動けるように」と上着のジャケットだけを脱ぎ、白いシャツの袖を少しだけまくり上げた姿で待っていた。
上着を脱いだだけでも、彼の肩幅の広さや鍛え上げられた身体が強調されて見えてしまい、余計に目のやり場に困ってしまう。
「えっと……エリオスは、寝てるわね」
「そ、そうだな……」
私たちはどちらからともなく、ベッドの中央で無防備にすやすやと眠るエリオスの元へ歩み寄り、その幼い寝顔を覗き込んだ。
けれど、その愛らしい姿を眺めていても、部屋に満ちる独特な気まずい沈黙までは誤魔化しきれない。
二人してそわそわと視線を彷徨わせてしまう。
すると、グレンが意を決したように手を握り、決意の表情で私を見つめてきた。
「ルナリア……私はこの部屋にいる間、一切君に触れない。だから安心……できないかもしれないが、どうか不安にならないでほしい」
「も、もちろん! グレンのこと、心の底から信頼しているから……!」
彼の真摯でどこまでも私を気遣ってくれる優しさに、私は慌てて応えた。
彼が私を傷つけるような真似を絶対にしないことなんて、誰よりも分かっている。
けれど、私のその言葉を聞いたグレンは、なぜか切ない笑みを唇に浮かべた。
「信頼か……。ルナリア、私は君が思っているほど、そんなにできた男じゃないんだ」
「グレン……?」
いつも頼りになる彼から漏れ出た意外な言葉に、私は小首を傾げた。
グレンは碧玉の瞳に、普段の彼からは想像もつかないほどに熱い光を宿して、私を射抜いてくる。
「本当は……もっと君に触れたい。心も、その指先も……すべて私のものにしたいと、そんなことばかり考えてしまうんだ。私は、君が信じてくれているような立派な紳士ではない……」
「へ……あ……そ、そう、なの……?」
あまりにも情熱的な告白に、私の頭は一瞬で真っ白になり、変な声が喉の奥から漏れてしまった。
ドクドクと心臓がうるさいくらいに暴れ、全身が熱くなっていくのが分かる。
「……す、すまない! 変なことを言った! どうか忘れてくれ……!」
我に返ったグレンは、耳の裏まで一気に真っ赤に染め上げ、自身の失言を掻き消すように大慌てで首を振った。
(それを言うなら……私だって本当はグレンが思うような、できた人間じゃない)
彼を守るためだとしても、こんな近い距離感でいる必要は全くない。
それなのに離れがたくて、婚約に対してもあいまいな態度を取り続けている。
改めて考えると、なんてひどい人間なのだろう。
「……だめだ、このまま君と一緒の部屋にいられない……っ。私もアルと一緒に廊下で見張りに……」
「あ、ま、待ってグレン!」
今すぐ部屋を飛び出していきそうなグレンの背中を見て、私は思考よりも先に手が動いていた。
行ってほしくないという一心で、引き留めようと彼の腕に向かって思い切り手を伸ばす。
しかし焦るあまり、床に置いてあった荷物の角に、私の足先が強くぶつかってしまった。
「あっ!」
「ルナリア!?」
バランスを崩して視界が大きく傾いた私を、グレンがとっさに抱きとめようと支えにきてくれた。
けれど、勢いがつきすぎていたせいで彼も完全に体勢を崩してしまい。
私達は抱き合ったまま、すぐ真後ろにあった空いているベッドの上へ、勢いよく倒れ込んでしまうのだった。




