3章-52.グレンと私、パパとママになる
砕け散った卵の殻の隙間から、ゆったりと白銀の光をまとった小さな影が揺らめき出る。
「ふわ……っ」
小さな両手をいっぱいに伸ばし、可愛らしくあくびをしながら、その影は潤んだ瞳をこちらへと向けた。
「え……!?」
その姿を完全に視界に捉えた瞬間、私とグレンは同時に息を呑んで固まった。
月光にきらめく美しい銀色の髪に、頭からちょこんと生えた小さな黄金の角。
尖った耳に、まだ小さくも鋭い爪。
大きく丸い金色の瞳。
そこには、あの青年の面影を色濃く残した、人間で言えば四歳ほどの幼い子どもが、きょとんとした表情でこちらをうるうると見つめていた。
「あ……っ」
途端に、私の背筋にどっと冷たい汗が流れ、全身が凍りついた。
なんで、さっきあの特徴を聞いた時に一瞬で気づかなかったのだろう。
私の脳裏に鮮烈によぎったのは、前世で眺めたあの乙女ゲームのパッケージ。
そこに描かれていたのは、グレンやアルに比べて明らかに幼い姿をした、朗らかに笑う美少年。
その美少年は、黄金の角、白銀の髪、尖った耳をしていた。
(あの竜人は……攻略キャラクターだったの……!?)
あまりの衝撃に頭がクラクラとする中、前世の記憶が鮮明な濁流となって蘇ってきた。
◇
「あのね、このキャラは竜人なの。わけあって生まれ変わっちゃうのだけど……。もう一度でも彼を死なせてしまうと、全滅エンドのフラグが立っちゃうの」
前世の私の友達は、スマートフォンをスクロールしながら困ったように微笑む。
「だから、このシナリオは死にゲーとも言われてて——」
◇
私はその場にがくりと膝をつき、激しい頭痛に襲われて思わず頭を抱え込んだ。
まさかこのタイミングで、全滅エンドのフラグが襲いかかってくるなんて思いもしなかった。
「ルナリア!? 大丈夫か……!?」
グレンが血相を変えて私の肩を支え、心配そうに顔を覗き込んでくる。
その手の温もりだけが、今の私を支えてくれた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫よ……」
私はグレンの手にすがりながらどうにか返事を返し、前世の記憶の糸を必死に手繰り寄せた。
そして、目の前でこちらを見ている幼い姿をした竜人を、言い知れぬ戦慄と共に見つめ返す。
「……?」
卵の殻から抜け出した幼い竜人は、大きく丸い金色の瞳をさらに瞬かせる。
そして不思議そうに首を小さく傾げながら、じっと私たちを見つめてきた。
緊迫した空気のなか、その小さな唇が、たどたどしくも明確な音節を形作っていく。
「ぱぱ? まま?」
「「え……!?」」
静まり返った室内に、あまりにもとんでもない言葉が響き渡った。
私とグレンの声が見事に綺麗に重なり、私たちは同時にフリーズしてしまう。
「ぱぱ! まま!」
私たちの混乱なんてこれっぽっちも気にする様子もなく、幼い竜人は無邪気にきゃっきゃと笑い声をあげた。
そして、早く私たちのところへ来たいと言わんばかりに、小さな手足を器用に動かして近づこうとする。
「あ、危ない!」
生まれたてでまだ自分の身体の感覚が上手く掴めていないのか、幼い竜人はそのまま勢い余って、机の端から床へと真っ逆さまに落ちかけてしまった。
私は心臓が止まりそうになりながらとっさに手を伸ばし、グレンと二人がかりでその小さくて柔らかな体を慌てて受け止めた。
「パパ! ママ!」
腕の中にすっぽりと収まった竜人は嬉しいのか、相変わらず笑いながら私たちの顔を見上げている。
その愛らしさに胸が温かくなる反面、私の頭の中は大パニックのままだ。
「グレン、これ……いったいどういうことなのかしら……?」
「わ、わからない……。私にも、何が起きているのかさっぱり……」
私は交互に、うろたえるグレンの顔と、腕の中で機嫌よく笑っている竜人の顔を見つめることしかできなかった。
「ちょっと! 何かあったの!? すごい破裂音が聞こえたけど!」
まさにその時、ただならぬ物音と気配を察知したアルが、顔色を変えて大急ぎで部屋へと駆け込んできた。
「ア、アル……! これ……このとんでもない状況、私達はどうすればいいの……?」
この場で一番の知識人である彼に、私はすがるような思いで助けを求めた。
「え……は……? 何、その子供……」
アルは、私とグレンに抱きついている幼子の姿を見て、思考が停止したように動きを止めた。
すると、腕の中の幼い竜人は、新しく入ってきたアルの方へと興味深そうに目を向け、再びきょとんと首をかしげる。
「おじちゃん?」
「……はあ……?」
アルの眉間が不快そうに、そしてひどく心外だと言わんばかりに歪んだ。
困惑と不満の入り混じった複雑な表情で、アルはじっと竜人を見つめ返した。
「……どういうこと? 俺が少し目を離した隙に卵が割れて、そこにその幼い竜人がいる。……つまり、あの大きな卵が、今ここで孵化でもしたってこと?」
「そういうことに……なるわよね?」
「そう、だな……」
アルの冷静な状況分析に、私達は引きつった笑みを浮かべながら同意するしかなかった。
「パパ! ママ!」
「しかも、なんか父母認定されてるし。さすがの俺もどうしたらいいのか分かんないよ……」
アルは髪をくしゃくしゃと手で乱し、目の前の光景に大きなため息をつく。
まさかの状況に、その夜三人の混乱が収まることはなかった。




