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3章-51.閉ざされた国の種族「竜人」、卵から生まれ落ちる光

 私たちは予期せぬ事態に激しく戸惑いながらも、銀の卵をひとまず別荘へと持って帰ることにした。


 道中、抱きかかえて運んだアルの腰から首までを覆ってしまうほどに、その卵は規格外に大きかった。

 表面はひんやりと冷たいのに、耳を澄ますと、まるで心臓の鼓動のような脈動が聞こえてくる。


「ふぅ……。見た目の割に、けっこう重かったな.。なんだこれ」


 別荘へと戻り、グレンに用意された部屋の机の上に、アルが卵をゆっくりと置いた。

 私達は部屋の中央に鎮座した白銀の卵を囲むように集まり、怪しく明滅するその様子をじっと見守った。


「アル。お前の知識をもってしても、やはり何か分かることはないのか?」


 グレンが腕を組み、険しい表情で卵を見つめたまま問いかける。


「長生きの俺でも、こんな生き物なんて初めて見たよ。でも、卵に変化する前のあの青年の身体的特徴……黄金の角に尖った耳、多分だけど『竜人』じゃないかと思う」


「竜人……?」


 私はあまりにも馴染みのない単語に首を傾げた。


「確か海の向こうにある、はるか昔から国交を完全に断絶した閉ざされた国の種族……だっただろうか?」


 グレンが記憶の糸を熱心に手繰り寄せながら、私の疑問に補足するようにつぶやいた。


「そう、その通り。少なくともここ数百年は、他種族との関わりを完全に絶って引きこもっているはずだ。この俺が今まで一度も味わったことがない種族の血なんて、それこそ竜人くらいなものだよ」


「そんな伝説の種族が……どうしてこんな公爵家の私有地の森に、血まみれで倒れていたの……?」


 解けない謎が次々と押し寄せ、私の胸の奥に不穏な焦燥感が募っていく。


「そこに関しては全く分からない。けどね、竜人は不老とも言える圧倒的な長命で、個々の戦闘力も恐ろしく強いと聞いたことがある。それほどの強者が、あんな無惨な殺され方をするなんて、どう考えてもタダごとじゃないだろうね」


 アルの言葉に、部屋の空気が一気に張り詰めた。

 あの無数の深い傷口。

 何者かが、その強力な竜人を一方的に蹂躙したということだ。


「……それはつまり、その恐ろしい下手人が、未だにこの近くの森に潜んでいる可能性があるということか?」


 グレンが警戒するように、窓の外の暗闇をにらみつけた。


「十分に可能性はある。ともかく、相手の正体が分からない以上は、ここに長居するのは危険だ。すぐにでもこの別荘を離れて王都へ引き返したほうがいい。せっかくの楽しい休暇だったのに、こんなことになって残念だけどね」


「そうだな……。こうなると、さすがに私達の手には余る。明日にはここを発とう。この件は、私の父上に至急相談をした方が良さそうだ。公爵家の情報網を使って、竜人国と何とかして連絡を取ってもらおう」


 グレンの言葉を聞きながら、私は明滅を繰り返す銀の卵を見つめた。

 吸血鬼の騒動から一年。

 穏やかな平穏が、またしても音を立てて侵食されていくのを、私は恐怖と共に肌で感じていた。


「俺はとりあえず、公爵家への緊急連絡と、明日すぐここを発てるように準備を整えてくるよ。二人はその間、ここでこの卵を見てて。……もし何か少しでも異変があったら、遠慮なしで思いっきり叫んでね」


「わかった。そちらはよろしく頼む」


 アルはいつものように手をひらひらとさせながら、素早い足取りで部屋を後にした。


 静まり返った部屋の中に、私とグレン、そして白銀に明滅する大きな卵だけが残される。

 私たちは机の上に鎮座する卵の前に寄り添い立ち、その揺らめく銀光を見守り続けた。


「まさか、せっかくの休暇の初日に、こんな大事件に巻き込まれることになるなんて思ってなかったわ……」


「ルナリア……急なことで不安だろうが、どうか安心してほしい。何があろうと私とアルが君の側にいる。それに、明日になれば父上が事態を把握して、きっと竜人国と直接掛け合ってくれるはずだ。君が心配することは何もない」


 グレンは私の震える肩をそっと抱き寄せ、その大きな手のひらから温もりを伝えてくれた。

 彼が隣にいてくれるだけで、心臓の嫌な脈動が少しずつ治まっていくのが分かる。


「うん……、ありがとう。でも、不安なのもそうなんだけど……あの森で倒れていた竜人の方のことを考えると、胸が痛くて。……きっと、すごく痛くて苦しかったでしょう。もう少し早く私達が気づいていれば、助けてあげられたかもしれないのに……」


 見ず知らずの他者であっても、理不尽に命を脅かされた事実に胸が締めつけられる。

 グレンは少しだけ痛ましげに目を細め、私の髪を優しく撫でた。


「そうだな……。本当に、悪辣な下手人が許せない……」


 二人の間に、どこか重苦しい沈黙がゆっくりと流れていく。

 部屋のランプの火が揺らめいた、まさにその時だった。


 ——ピキ——


 静寂を引き裂くような、硬いものが軋む高い音が室内に響き渡った。


「え……!」


「なんだ……!?」


 グレンと私は、目の前の卵を同時に見つめる。


 見れば、銀の卵の滑らかな表面に、一本の細い亀裂が走っていた。

 その亀裂は網の目状に広がっていき、見る見るうちに卵全体が激しくひび割れていく。


 そして、その無数に生じたひび割れの隙間から、まばゆい銀光がこぼれ落ちた。


 ——パキーン!——


 破裂音と共に、卵は内側から上半分が粉々に砕け散った。

 飛び散った卵の破片が、光の粒となって宙に舞う。


 私達はその中心にある「中身」の姿を捉えようと、光の中に必死に目を凝らす。

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