3章-50.間に合わなかった命、生まれた銀光の卵
アルの先導に遅れまいと、私達は一心不乱に夜の森の中を駆けていった。
黄昏の残光が完全に消え失せた森は、生い茂る木々の隙間から、わずかに照らす満月の光だけしか届かない。
視界を阻む深い闇に、胸の動悸が不安で高まっていく。
「あそこだ……!」
「あ……っ!」
開けた場所に差し掛かった瞬間、アルの声と私の短い悲鳴が重なった。
真っ先に私たちの目に飛び込んできたのは、地面を黒く染め上げている大きな赤い血溜まりだった。
そしてその中心に、全身を大量の血で濡らした銀髪の青年が力なく倒れ込んでいる。
「大丈夫ですか! く……っ、完全に意識がない……」
グレンがいち早く駆け寄り、青年の身体を抱き起こして首筋に手を当てる。
青年のただならぬ特徴を間近で見たアルが、その瞳を驚きで見開く。
「黄金の角……それに、この尖った耳に鋭い爪……。まさか……? いや、今はそんなことを考察している場合じゃないか」
「ひどい怪我……! とにかく早く別荘に運んで、大急ぎで手当をしないと!」
衣服を引き裂くように刻まれた無数の深い傷口からは、今も血があふれ出ている。
私が焦りで声を震わせると、アルは青年の身体にそっと手をかざし静かに首を振った。
「……残念だけど、ルナリア。この出血量はおそらく……もう助からないよ。体内の生命力も、ほとんど残っていない」
「そんな……!」
「間に合わなかったか……」
グレンが悔しそうに奥歯を噛み締める。
「それにしても、周囲の空間が不自然に歪んだ跡があるな。まさか、転移魔法? いや、転移魔法なんて失われた古代級の術式が必要なはず。俺の気のせいか……?」
アルはさらに周囲の空間を凝視し、怪訝そうに眉をひそめた。
「例え助からなくても……とりあえず一度、別荘に運びましょう。こんなにひどい状態で、このまま森の中に置いておけないわ……」
私は居ても立ってもいられなくなり、倒れた青年に少しでも触れて応急処置ができないかと手を伸ばした。
——その瞬間だった。
青年の傷だらけの身体が、突如としてふわりとまばゆい銀色の光に包まれた。
「!? ルナリア!」
グレンが、私の体を庇うように後ろから抱きかかえ、一気に間合いを取る。
その神秘的な銀光は、周囲の不気味な闇を優しく塗りつぶすように、ゆったりと辺りを支配していった。
やがて、光が静かに収束していく。
光が完全に消え去ったとき、そこに倒れていたはずの銀髪の青年の姿はどこにもなかった。
ただ、青年がいたはずの血溜まりの中央。
不思議な白銀の紋様が刻まれた、ひとつの大きな卵のようなものがぽつんと残されていた。
「……え?」
「なんだ……これは? 卵……か?」
あまりにも現実離れした光景に、グレンが私を抱きしめたまま呆然と声を漏らす。
「アル、これは一体何なの……?」
「いや……俺でも、こんな現象は見たことも聞いたこともないよ……。とりあえず、このままここに置いておくわけにもいかないし、別荘にでも運ぶ?」
その謎の卵は、まるで静かに呼吸でもしているかのように、淡い銀色の光を規則正しく明滅させている。
不穏な事件の幕開けを告げるように、その光は夜の森の中でどこまでも怪しく輝き続けていた。




