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2章-42.(番外編)アルの過去、六百年前の追憶② アリアとの逢瀬

(理屈で言えば、彼女とこれ以上関わるのはリスクが高すぎるけどね……)


 あの殺気を考えれば、早々にこの街の餌場を変えるのが賢い真祖の生き方というものだ。

 だが俺は、自分の頭の警告を発しつつも、なぜか彼女のことがどうしても気になって仕方がなかった。


 気づけば翌日の夜も、俺は酒場のまったく同じ席に腰掛け、昨日と同じ強い酒のグラスを傾けていた。


「おまたせしました……!」


 パタパタと軽快な足音を響かせて、彼女が息を切らせながら酒場へと飛び込んできた。

 彼女は昨日よりも少しだけ慣れた動作で、椅子へと優美に腰掛ける。


「いらっしゃい。そんなに急がなくてもいいのに」


「ありがとうございます。待っててくださったんですね」


「……レディとの約束を破るほど、俺は野暮な男じゃないさ」


 ふっと周囲を見渡すと、今日の酒場には驚くほど客が一人もいなかった。

 カウンターの奥には、恐怖で顔を完全に蒼白させた酒場のマスターが、直立不動で震えている。


「あの……、あなたのおすすめのお酒は何かありますか? ……できれば、優しいものでお願いしたいのですけれど」


「俺のおすすめねえ。まあ、この店なら、赤い実で作っている酸味の強い果実酒とかかな」


「では、今日はそれを頂きます!」


 マスターが手を震わせながら、赤い実で作られた濃厚な果実酒を彼女の前に運んできた。

 アリアは嬉しそうにグラスを両手で持つと、小さな口をつけた。


「ん……! これ、とってもおいしいです……! しっかりと甘いのに、後味がすっきりしています」


「そうだね。お酒が苦手な人間でもジュースみたいに飲みやすいから、ここでは万人に人気みたいだよ」


「色々なお酒のことを知っていらっしゃるんですね。……私、本当にお恥ずかしい話なのですが、生まれてから一度も、この大きな王都から出たことがなくて……」


 彼女は少しだけ寂しそうに伏し目がちになり、グラスの縁を指先でなぞった。


「……へえ、そうなんだ。もし君が本当に色々なお酒に興味があるのなら、ここからずっと南にある港町のダイアラがおすすめだよ」


「港町……。なぜですか?」


「あそこは海の交易が盛んな大きな街でね。世界中の古今東西の珍しい酒や名酒が、毎日のように港に集まってくるんだ。安酒でもとびきりおいしいものがあって、大陸中の酒豪達の聖地みたいになっている場所さ」


「港町、ダイアラ……! ふふ、行ってみたいです! 私、本物の海というものを一度も見たことがないので……」


 俺の言葉に、彼女はまるで子供のように目を輝かせる。

 ころころと豊かに表情を変えながら、他愛もない話を楽しそうに聞き入っていた。


 その無邪気な表情のひとつひとつが、あまりにも愛らしい。

 俺の胸の奥は、もっと彼女の知らない一面を見てみたいという、奇妙な独占欲で満たされていく。

 だが、外の空気の張り詰め方から、この穏やかな時間がもう残り少ないことを、俺の感覚が悟っていた。


「そんなに色々な場所へ行ってみたいなら……君が望めば、この国のどこへでも自由に行けるんじゃないの?」


「え……?」


「ねえ、アリア王女」


 俺がその高貴な名前を明確に口にした瞬間、彼女は驚いたようにその美しい目を真ん丸に見開いた。


「……気づいて、いらっしゃったのですか」


「その綺麗な面立ちと似つかわしくない安物の服、優雅な動作……。何より、その特徴的な美しいプラチナブロンドの髪だ。そして、それ以上に……」


 俺はカウンターに肘をつき、アリアの顔へとすっと至近距離まで近づいた。

 そして、驚いて固まる彼女の白く細い首筋へと、自らの指先でそっと優しく触れる。


「高貴な身分からしか香らない……極上に甘くて、美味しそうな匂いが、最初からすべてを物語っていたよ」


 指先から彼女の美しい脈動が伝わってくる。

 俺が彼女の首元へ顔を寄せようとした、その刹那だった。


 ——ドゴォッ!! ——


 凄まじい爆鳴と共に、俺のいた場所の空間が、目がくらむような激しい白亜の光とともに大爆散した。


 凄まじい神聖魔力の塊。

 だが、最初から完全に察知していた俺は、余裕のある滑らかな動作で、はるか後方の壁際へと飛び退いていた。


「その汚い手で、気安く彼女に触れるな……! 吸血鬼風情が!」


 立ち込めるほこりの向こうから現れたのは、燃えるような鮮やかな赤髪を持つ、一人の若き騎士だった。

 その手には、神聖な魔力をたぎらせた、まばゆい白亜の槍が握られている。


「『女神の槍』か。……なるほど、フォーサイス公爵家のご嫡男かな。そんな物騒な武装、もし直撃でもさせられたら、いくら俺でもタダじゃすまないって」


 俺はわざとらしく、両手をひらひらと振って降伏のポーズを取る。

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