1章-4.闇属性を内包する身体
「さてと。それじゃあ約束通り、君の魔力特性を見てあげるよ」
翌日、アルに誘われたのは校舎の裏手にある、建物の隙間のような場所だった。
昼なのに薄暗く、生徒が立ち入ることのない静寂に包まれている。
「あ、あの……アル。今って、思いきり午後の授業中よね……?」
「ん? ああ、そうだね。まあ、俺は授業なんて受けてもサボっても、結果は同じようなものだからさ。気にしなくていいよ」
振り返ったアルは、どこか楽しげな笑みを浮かべながら、両手をひらひらとさせた。
天才ゆえの不遜さに私が呆気に取られていると、アルは一歩、距離を詰めてきた。
「とりあえず……手、触るね」
「えっ、あ——」
私の返事を待つこともなく、アルの白い指先が私の右手を包み込む。
日陰のせいなのか、彼の体温はひどく冷たく感じられた。
「今から俺の魔力を流すから。……ちょっと身体が冷たくなるよ」
「……っ!?」
警告の言葉と同時に、彼の手のひらから私の腕を通じて、異質な『力』が急激に流れ込んできた。
あまりの衝撃に、声にならない悲鳴が喉の奥で詰まる。
(冷たい……。それに、怖い……!)
自分の魂まで覗き込まれているような悪寒が背筋を駆け抜ける。
「う、く……っ」
恐怖と拒絶感で呼吸が乱れ、思わず手を振り払おうと身をよじった。
アルは、そんな私の様子を観察するように視線を向ける。
「ごめんね、あとちょっとだから」
どれほど長く、その冷たさに晒されていただろう。
やがて、アルの体内から伸びていた魔力が、引き潮のように静かに引いていった。
「……はぁ、はぁっ……」
解放された衝撃で、私の身体がよろめく。
アルは片手で私の腰をそっと支えながら、繋いでいた手を離した。
「なるほどね……。これは、かなり珍しい……いや、それどころじゃないな」
「え……?」
「うん、わかった。君が今まで無能って言われていた理由も、先生たちが見落としていたものの正体もね」
アルは、眼鏡を指先で押し上げながら笑みをこぼした。
「君の属性は、通常の魔力感知の網には決して引っかからない外側の色……『闇』だ」
放たれたアルの言葉が、冷たい校舎の隙間に重く響いた。
「闇……っ……!?」
あまりの衝撃に、喉がひきつる。
光属性と対をなす、闇属性。
それは、この世界のありとあらゆる歴史書において、人類を未曾有の危機に陥れた属性。
災厄を呼び込んできた「禁忌」とも言える最悪の力だ。
動揺して顔を真っ青にする私を見て、アルは緊張感をほぐすように苦笑した。
「確かに、悪用されることが多い属性だけどね。本質を見誤らず、使い方を間違えなければ、これほど便利で万能な属性は他にないんだから」
「便利……なの……?」
「そうさ。闇属性は精神干渉、純粋な攻撃魔法……適切な訓練さえ積めば、さまざまな分野の術式に精通できる。君が望めば、だけどね」
アルは事も無げに言うけれど、私の震えは少しも収まらなかった。
「……でも、それだけ危険性も高くて、世界から忌み嫌われている属性でしょう……?」
「まあね。だから、先生であっても基本、言わない方がいいかな。偏見も多い属性だからね」
「わかったわ……」
「……だけどさ、これだけは断言してあげる。ルナリア嬢、君は決して無能なんかじゃない。周囲の偏見が強いだけで、むしろ君の身体の奥には、強力な魔力が隠し持たれているんだ」
アルの言葉は、本来ならこの上ない救いになるはずのものだった。
けれど、前世の記憶を持つ私にとっては、それは最悪の宣告に他ならない。
(強力な魔力……。私が、何でもできるほどの、闇の力……)
胸の奥で、心臓が破裂しそうなほど激しい動悸を刻み始める。
無能だと思っていたからこそ、「関わらなければ誰も死なない」と思えた。
なのに、私にはあったのだ。
パッケージの彼らを亡き者にする『手段』が、すでにこの肉体に備わっていた。
「……いらない」
「え?」
「こんな力、いらない……っ!」
私のただならぬ様子を察したのか、アルがゆっくりと顔を覗き込む。
「残念ながら、生まれ持った属性を捨てることはできないんだ。君はその力と一緒に生きていくしかない」
「…………っ」
絶望がどんどん上乗せされていく。
しばらくの沈黙の後、アルは私の視線まで顔を落とした。
「だからこそ、その力と上手く付き合う方法を見つけるんだ。……ルナリア嬢。君はその強大な力を使って、何がしたい?」
「わ、私……私は……」
アルを見上げる私の視界が、恐怖の涙で歪む。
けれど、その恐怖の底から、ひとつの感情が湧き上がってくる。
前世の記憶と、今世の痛みを経てつちかわれた、私自身の本当の願いが。
「私は、助けたい……!」
アルの制服の袖を、すがりつくような手つきでぎゅっと掴む。
「誰も傷つけたくない……! 誰の命も、奪いたくないの! もし私にそんな力があるなら……私は、誰かを守るために、この力をコントロールしたい……!」
必死に紡いだ私の叫びに、アルは驚いたようにわずかに目を見開いた。
「アルは……魔法が得意なのよね?」
「俺はそんな気はあんまりしないけど。まあ、周りにはそう見えてるみたいだね」
「私に魔法を教えてほしいの。闇の魔力が暴走しないように、誰も傷つけないように……完全に制御できるようにしたい」
アルはじっと私の表情を見た後、微笑みながらうなずく。
「……なるほど、ね。わかった、放課後でいいなら付き合ってあげる。闇属性は詳しくないけど、基礎くらいは教えられると思うよ」
「ありがとう……!」
「君は健気な女の子だね。グレンが気にかけたくなる気持ちも分かるな」
「え? グレン?」
「いや、何でもないよ。それじゃあ、早速今日の放課後から訓練を始めようか」




