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2章-38.影魔法の覚醒、真祖の最期(□)

「どうやら、完全復活はしていないようだね。……知性もなければ、理性すら感じられない。これなら、俺達にも十分に勝機はありそうだ」


 アルが真紅の瞳を鋭く細めて分析を口にする。


「グレン、俺が先に突っ込んで形を崩す。隙ができたら、迷わず君の『女神の槍』で最大火力の攻撃を叩き込んで。神聖属性が直撃すれば……いくら真祖だろうと、のたうち回るほど痛いはずだからね」


「わかった……!」


 グレンの恐れを感じさせない返事と、文字通り完全に同時だった。

 アルの身体が、一瞬で漆黒の残光へと変わり、凄まじい神速で真祖の塊へと肉薄していく。

 それを迎え撃つように、真祖の塊から、人間の目では到底捉えきれない、瞬きすら許さないスピードで無数の黒い触手が突き出してきた。


「理性のない真祖の攻撃なんて、今の俺には全く怖くないよ……!」


 迫り来る無数の黒い手を、アルは紙一重の体捌きで滑るようにかわしきった。

 そのまま至近距離で奴の本体へ真っ直ぐに右手をかざし、力強く握り込む。


 ——ドゴォッ!


 大気を力任せに圧壊させたような重低音。

 真祖の巨体をえぐり、その場に大きくよろめかせた。

 がら空きになる、化け物の心臓部。


「グレン! 今だ!」


「わかっている!」


 完璧な連携だった。

 白亜の『女神の槍』を構えていたグレンが、弾かれたように地面を蹴った。

 まばゆい純白の光を引く一閃が、よろめいた真祖の塊の真ん中を深く貫き通す。


 ——ッ!!——


 鼓膜を直接引き裂かんばかりの、おぞましい真祖の叫びが砦の廃墟に激しくとどろいた。

 槍から放たれた強烈な神聖の光が、真祖の身体を焼き焦がし削り取っていく。


「……っ!?」


 砕け散り、塵となって消えるはずだった真祖の身体。

 それが神聖の光に焼かれながらも、おぞましい速度で肉を編み直すように再生を始めていく。


「これが……真祖の、本物の『不死性』というやつか……!」


 グレンは即座に危険を察知し、大きく後ろへ飛び退いて距離を取った。

 白亜の槍を構え直す彼の額から、冷や汗がひとすじ流れ落ちる。


「大丈夫、焦らなくていいよ。……再生速度は、六百年前の全盛期に比べたら明らかに遅い。奴の中にストックされている血の総量が少ない証拠だ。このまま奴の血が底を尽きるまで、絶え間なく攻め立てるよ!」


 アルはふっと唇の端を吊り上げ、真紅の瞳を煌めかせる。


「持久戦か……。アルのサポートがあるのなら、臨むところだ!」


 グレンもまた、その碧玉の瞳に戦士としての不敵な光を灯す。


 その時、じりじりと追い詰められていた真祖の塊が、気味が悪いほど不自然に激しく揺らめいた。


 ——パン!


 内側から弾けるような音がしたかと思うと、真祖の身体が一瞬で爆散する。

 しかし、飛び散ったその肉の破片の一つひとつが、地に落ちる前に質量を膨らませた。

 元の塊と全く同じ、おぞましい姿へと急速に再生していく。


「分裂……! 理性がないからこそ、肉体を際限なく切り離せるっていう芸当ってわけか。グレン、少しでも多くそいつらを食い止めて! 一体でも打ち漏らせば、真祖に逃げられる!」


「ああ……!」


 アルの焦燥に満ちた叫びに、グレンが鋭く応じる。

 アルは即座に両手をかざして空間を抑え、無数の真祖の動きを空間制御で一まとめに制御しようと試みる。

 けれど、あまりにも敵の数が多く、四方八方に散りすぎた。

 圧倒的な物量の前に、二人の完璧だった連携も分断されてしまう。


「グレン……アル……!」


 石壁の物陰から見つめる私の胸に、冷たい恐怖が押し寄せる。

 けれど、ただここで怯えているだけでは何も変わらない。

 今の自分にできることは何か。

 彼らを助けるための手段を、必死に脳内で模索する。


(そうだ……影……!)


 私は自身の心の奥底へと意識を向けた。

 そこにあるのは、暴走を恐れ、今まで意図的に固く閉ざし続けていた、黒い魔力の源の扉。


(今が……そのとき!)


 私は扉の鍵を引きちぎるために、胸に手を当てる。

 暴走するかもしれない恐慌を噛み殺しながら、体内の闇の魔力を一気にすべて解放した。


「う……!」


 おぞましい魔力の奔流が、私の意識を泥のように真っ黒く覆い隠そうとして襲いかかってくる。

 意識を手放してはダメだ。

 私は、あの二人を守るためにこの力を引き出したのだから。


「月の影を……、止めるイメージ……!」


 ただそれだけを、祈るように頭の中に強く描き出す。

 私の指先から解き放たれた濃密な闇の魔力。

 その波動が地面を伝って広がり、うごめく真祖の群れの足元へと到達する。

 その瞬間——世界が静止した。


 無数の真祖たちの足元に伸びていた不気味な影が、氷に閉じ込められたかのように、ピタリと完全にその動きを止めた。


「これは……、ルナリアの魔力!?」


 戦場を支配した圧倒的な闇の気配に、グレンが大きく瞳を見開いた。


「……よし、よくやったルナリア。今だグレン、いくよ!」


 アルはいち早く私の機転を察知し、その真紅の双眸を輝かせて、捕食者のように大きく両手を広げた。


「……了解だ!」


 グレンも即座に我に返り、女神の槍を力強く構え直す。

 影を縛られて完全にがら空きになった、無数の真祖の塊。

 グレンは槍の切っ先に、これまでの比ではないほどのまばゆい光の粒子を収束させ、それを天に向けて大きく振りかぶった。


「女神よ——」


 一閃。

 振り下ろされた槍から、圧倒的な光の刃が放たれ、身動きの取れない真祖の群れを次々と一網打尽に切り裂いていく。


「これで最後だ……!」


 それと同時に、アルが前方に広げていた両手を、凄まじい勢いで合わせる。

 光の刃によって切り刻まれ、逃げ惑おうとしていた真祖。

 その肉片のすべてを包み込むようにして、空間そのものが限界を超えて内側へと爆発的に圧縮された。


 二つの絶大な力の中心に閉じ込められた真祖。

 悲鳴を上げる暇すら与えられないまま、跡形もなく夜の闇の向こうへと完全に消え去っていった。

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