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2章-35.グレンとの朝練、彼が私に向ける想い

 激闘の夜が明けた、翌日の朝。

 私はグレンと一緒に、朝露に濡れたフォーサイス公爵邸の広大な庭園にいた。

 青空からは、昨夜のことが嘘のように爽やかな光が降り注いでいる。

 私はどうしてもじっとしていられなくて、朝練に付き合ってもらう形でグレンを連れ出した。


「ねえ、グレン。少し魔法について、聞きたいことがあるのだけれど……」


「私に? もちろん、私に答えられることなら何でも言ってほしい」


 グレンは私の包帯が巻かれた腕を気遣うように視線を落としながらも、生真面目にうなずいてくれた。


「グレンはどうやって、あの『女神の槍』を習得したの? もしかしたら、私の闇属性の魔法習得への、何か手がかりにならないかと思って」


「……それは……。すまない、言葉で説明するのが難しいな。女神の槍は、訓練で覚えるような魔法とは違って、いつの間にか発現する特殊な固有能力なんだ。——ある日突然、聖なる光の中から手渡されるようにその手に握られていた、としか言いようがない」


「そうなの……。確かに、それだと私への応用は難しそうね」


 少しだけ肩を落とす私を見て、グレンは焦るように言葉を重ねた。


「力になれなくて本当にすまない。だが、固有能力ではない、基本的な光魔法なら私でも教えられるから、どうだろうか。何かのヒントになるかもしれない」


 そう言うと、グレンは私の前にそっと大きな手のひらをかざした。

 彼の短い呪詠と共に、手の上でまばゆい光の玉がふわりと柔らかく浮かび上がる。


「わあ……、きれい……。これは、どんな仕組みの魔法なの?」


「周囲の光を、自身の魔力で収束させているんだ。戦闘用ではなく、目くらましやランタン代わりにするのが主な用途だな。術式を発展させれば、どれだけ暗い場所であっても、自身の魔力を変換して光そのものへと変えることもできる」


「魔力を変換して、凝縮する……」


 グレンの解説が、私の頭の中で昨夜のアルのアドバイスとカチリと噛み合った。

 属性こそ真逆の『光』と『闇』だけれど、やっていることの本質は同じはずだ。

 魔力で周囲の影を収束させ、形作るイメージ。


「とりあえず……やってみよう」


 私は近くにある大きな木の下へと歩み寄った。

 木漏れ日の下に広がる、木漏れ日がちらつく濃い影。

 影の境界線へと、祈るような気持ちでそっと手を触れさせる。


「……っ」


 体内の奥底に眠る闇の魔力を指先から流し込み、木陰の影へと干渉を試みる。

 流し込んだ魔力ごと影を一点へと凝縮させ、動かすイメージを強く、強く頭の中に思い描いた。


「……やっぱり、何も起きない、か……」


 数秒の間、じっと影を見つめていたけれど、目に見える変化は訪れなかった。

 私が諦めかけて息を吐き出そうとした——その時だった。


 私の指先が触れていた木陰が、まるで私の意志に応えるかのように、ほんの一瞬だけ、生き物のように不自然に揺らめいた気がした。


「——っ、グレン! 今の、見た!?」


 私は顔を上げ、興奮で声を弾ませてグレンを見つめた。


「ああ、驚いたな……! 確かに今、君の魔力に合わせて影が動いたように見えた」


 グレンも驚いたように影を見つめる。

 やはり、見間違いじゃなかった。

 私の魔力に、世界の闇が反応してくれたのだ。


「よかった……この調子なら、影を操る魔法もすぐに習得できる気がするわ!」


「まさか、たった一回の挑戦で闇の制御の感触をつかみかけるなんて……。さすがはルナリアだ。君には私が思っている以上の素晴らしい才能があるんだろう」


 グレンは碧玉の瞳を輝かせ、自分のことのように嬉しそうに笑顔を私に向けてくれる。

 私の胸の奥で、未来をこの手で覆すための小さな希望の火が、確かに灯ったように感じた。


「……ルナリア。私としては、君が闇魔法を習得するのを……正直なところ、反対したい思いがあるんだ」


「え……?」


 見上げると、グレンの表情は朝の光を浴びながらも、切なげに曇っている。


「ルナリアのことだ。強い力を手に入れてしまったら、昨夜のように無茶をしてしまいそうで……。それが、どうしても心配でたまらないんだ」


「そんなこと……。絶対にない、とは言い切れないけれど……」


 私はきまずそうに視線を泳がせ、包帯の巻かれた腕に手を添えた。

 昨夜の私の行為が、彼の中にどれほどの恐怖を残してしまったのか。

 それを改めて突きつけられて、胸の奥が痛む。

 グレンは一歩私との距離を詰めると、私の手を、温かい手のひらでそっと包み込む。


「ただ、私は……強くなりたいという君の気持ちを押さえつけるような真似は、絶対にしたくない。だから……」


 グレンは私の目を見つめる。

 まるで自分自身に言い聞かせるかのように、力強い声で言葉を紡いだ。


「もし君がまた無茶をするのだとしても……どんな脅威に巻き込まれても、その全てから君を完璧に守り切れるくらい、もっと強くなる。だから君は……私の前でだけは、我慢せずに歩みたい道を進んでほしい」


「グレン……。いつも心配をかけてばかりで、本当にごめんなさい」


 私のためにどこまでも強くなろうとしてくれる、彼のあまりにも一途な優しさ。

 胸が熱くなって、視界が少しだけ潤んでいく。


「私……。全部、すべてが解決したら……」


「ルナリア?」


 グレンが不思議そうに首を傾げ、熱を帯びた碧玉の瞳で私の顔を覗き込んできた。

 その真っ直ぐすぎる視線に見つめられて、私はすぐに我に返る。


「う、ううん! なんでもないの! 気にしないで!」


「そうか? 顔が随分と赤いようだが……、やはり傷の熱がまだ残っているのでは……」


「本当に何でもないから大丈夫よ! ほら、特訓を続けましょ!」


 私はさらに赤くなった顔を逸らす。

 朝露に濡れた庭園に、私達の少しだけじれったい空気が漂っていた。

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