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2章-29.夜街の探索、黒幕の行方

 その日の日が沈んで、まもなくのこと。

 私たちは公爵邸の厳重な警備の目をかいくぐり、夜の街中へと抜け出していた。

 空の端にわずかな夕暮れの茜色がかすかに残る、薄暗い街並み。

 昼間とは全く違う、何かが潜んでいそうな夜の気配に、私は無意識のうちに腕を抱いて身をすくめていた。


「グレンとルナリアは、こういう夜の街を歩くのなんて初めてだよね?」


 先頭を歩くアルが、振り返りながら声をかけてきた。

 いつもの少年としてのトーンだけれど、その足音は驚くほど静かで闇に溶けている。


「私は、そうだな。ルナリアは?」


 グレンは緊張で声を硬くさせながらも、さりげなく私の隣に寄り添ってくれている。


「私は、昼間ならお買い物でそこそこ歩いたことはあるけれど……。こんな時間に外を出歩くなんて、これまでの人生で一度もなかったわ」


「だろうね。こんな小さな子供が出歩いているだけでも、夜の街じゃ相当目立って珍しいんだから。二人とも、俺から絶対に離れないでよ。探している吸血鬼の件もだけど、純粋にこの時間帯の治安の方も心配だからさ」


 アルの言葉にうなずき、私たちは極力人目を避けて忍び歩く。

 建物の影に隠れるよういして、静まり返った夜道を進んでいった。


「ねえ、アル。そう言えば……王宮騎士団は派兵されているのかしら? 街を見て回っているけれど、特に警備が強化されているような気配はないのだけど……」


 もし大騒ぎになっていれば、これほど静かに歩くことはできないはずだ。

 私の疑問に、アルは前を向いたまま声を潜めて答えた。


「それは、フィン……公爵様に頼んで、王宮の動きを止めてもらっているんだよ。大勢の人間の目があると、吸血鬼である俺も動きにくくなっちゃうからね。あいつらを狩るなら、人がいない方がいいのさ」


 路地裏のさらに奥深くへと入っていくと、表通りの喧騒の残滓すら完全に消え去った。

 まるで、世界の裏側に足を踏み入れてしまったかのような孤立感に、胸が怖気だつ。


「……アル、実際のところ、行方不明者や犠牲者はどれくらい出ているんだ?」


 グレンが重苦しい空気のなか、静かに問いを投げかけた。


「行方不明はそこそこ。死者も、けっこうな数が出てるよ。一刻も早く元凶を解決しないと、被害はこれから加速度的に拡大していくだろうね」


「昨日の吸血鬼の言い方だと、誰かが暗躍しているのよね。一体何が……誰が、恐ろしい怪物を増やしているのかしら……」


「本来、吸血鬼を増やせるのは、『真祖』だけなんだ。ということは、どっかの馬鹿が……そのもう一人の真祖の血を、何らかの手段で手に入れて、この街にばら撒いたんだろうね」


「真祖の血をばら撒いた……? でも、おかしいわ。もし吸血鬼の生き残りが裏で糸を引いているのだとしたら、なぜ六百年もの間、沈黙し続けていたのかしら。今になって急に動き出すなんて不自然に感じる……」


 私は歩きながら、必死に思考を巡らせた。

 ゲームのシナリオ。

 破滅のトリガー。

 その時、私の脳裏に、あまりにもおぞましく、血の気が引くような最悪の可能性がひらめいてしまった。


「もしかして……。吸血鬼ではない……『人間』が、意図的にやった可能性もあるの?」


「——っ、ルナリア? それはどういう意味だ?」


 グレンが驚愕したように私を見つめる。

 私は震える声を必死に抑えながら、言葉を紡いだ。


「怪物が自分たちの意志で動いたというより……。人間の誰かが、何か別の目的のために、吸血鬼の力を利用しているんじゃないかって……そう思ったの」


「……はは、嫌な話だけど。ルナリアのその推測、大正解かもしれないね」


 アルの瞳が、闇の中で憎々しげに細められた。


「何らかの邪悪な目的をもった人間が、国を混乱に陥れるために、封印されていた真祖の血を利用した。そう考えた方が、確かに吸血鬼がいきなり自発的に動き出したって言うより、よっぽど現実味があるかもね」


「そんな馬鹿な……!? 吸血鬼なんていう世界の天敵を呼び起こせば、巡り巡って人間の方が滅ぼされるかもしれないのだぞ!?」


 グレンの怒りに震える声を前にして、アルは深いため息をつきながら投げやり気味に笑った。


「いつの世も、目先の欲望のために世界を売るような、度し難い連中はいるからね。……この国を裏から守る俺としては、本当に困ったもんだよ」


 アルのその冷たい、けれど諦観を含んだ言葉を最後に、裏路地は再び重苦しい静寂へと沈んでいった。

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